「景色はいいけど、電気もネットも死んでるかー。不便ね」
手頃な廃デパートを発見したあたしは、屋上へと続く階段を軽やかに駆け上がり、ペントハウスのような区画を仮拠点として確保した。
ガラス張りの壁面からは、地獄絵図と化した街並みが一望できる。モンスターが闊歩し、あちこちで火の手が上がる様は、まるで壮大なジオラマだ。
しかし、残念ながらライフラインは完全に沈黙している。電気も水道も、そして何よりインターネットが使えないのは致命的だ。これでは情報収集もままならないし、配信もできない。
「食べ物は……魔法でなんとかならないかしら。【クリエイト・ウォーター】と【クリエイト・フード】……は、さすがに設定してなかったかー。まあ、漁ればなんかあるでしょ」
都合の良い万能魔法は意外と設定していなかったらしい。まあ、大賢者ならその程度の応用はできるかもしれないが、今はもっと手っ取り早い方法を探そう。
ひとまず食料と水を探しに、デパートの地下にある食料品売り場へと向かった。エレベーターはもちろん動いていないので、階段を使うしかない。まあ、今のあたしの身体能力なら階段の上り下りなどウォーミングアップにもならないが。
地下フロアは薄暗く、不気味な静けさに包まれていた。棚は荒らされ、商品が散乱している。どうやら先客がいたようだ。
と、その時。奥の暗がりから、ガサゴソと物音が聞こえた。
「誰かいるの?」
あたしが声をかけると、数人の人影が姿を現した。薄汚れた服を着た、見るからに疲弊しきった様子の男女3人組。そのうちリーダー格らしき、がたいの良い男が、あたしの姿を認めて目を見開いた。
「な、なんだお前は!? その格好……コスプレイヤーか? こんな時にふざけてんのか!」
男は警戒心を露わに、手に持った鉄パイプをこちらに向けた。他の二人も、怯えたような、あるいは訝しむような視線をあたしに送ってくる。まあ、無理もない。こんな世紀末に、場違いなほど綺麗なドレスを着た天使アバターの美少女が現れたら、誰だって混乱するだろう。
「あら、ごめんなさいね、こんな絶世の美少女で。驚かせちゃったかしら?」
あたしはいつもの調子で、小首を傾げて微笑んでみせた。挑発するつもりはなかったが、結果的にそうなってしまったらしい。男の眉間の皺が深くなる。
「ふざけるな! 状況が分かってんのか!」
「まあまあ、落ち着いて。あたしは見ての通り、か弱い美少女よ?(大嘘)」
緊張が走る。一人が錆びた包丁を震える手で構えた。やれやれ、面倒な
ことになりそうだわ。
その時だった。
ガシャン! という大きな音と共に、地下フロアの入り口のシャッターが歪み、そこから大型の狼のようなモンスターが数体、涎を垂らしながらなだれ込んできた。鋭い牙と爪を持つ、見るからに凶暴そうな奴らだ。
生存者グループが「ひぃっ!」と悲鳴を上げる。リーダー格の男も、顔面蒼白だ。
「ちょっと失礼」
あたしはそう言うと、指をパチンと鳴らした。
瞬間、狼型モンスターたちの足元から極低温の冷気が噴き上がり、彼らは一瞬にして巨大な氷のオブジェと化した。
そして次の瞬間、氷塊は内側から弾けるように砕け散り、モンスターたちは細かい氷の破片となって霧散した。詠唱も、身振り手振りも、ほとんど必要ない。これが「神速詠唱」と「魔力無限(概念)」のコンボよ。
生存者たちは、口をあんぐりと開けたまま、何が起こったのか理解できないといった表情であたしと氷の欠片が散らばっていた場所を交互に見ている。
「……と、いうわけ。見ての通り、あたしはちょっとだけ魔法が使える、ただの美少女よ」
あたしがニコリと微笑むと、リーダー格の男はへなへなとその場に座り込んだ。
「……あんた、一体何者なんだ……?」
「さあ? ただの通りすがりのVTuber、ってところかしら。それより、情報交換といきましょうか? お互い、メリットがないとね?」
その後、あたしは生存者たちからいくつかの情報を聞き出すことができた。この世界的なカタストロフが始まってから、既に数日が経過していること。
政府機能はほぼ麻痺状態で、軍や警察も組織的な対応ができていないこと。各地でモンスターの被害が拡大し、生存者たちは自力で食料や安全な場所を確保しようと必死になっていること。
モンスターにも様々な種類や強さが存在し、中には魔法を使う厄介な個体もいるらしいこと。
お礼に、あたしは彼らが持っていた缶詰やペットボトルの水の一部を「分けてもらった」。もちろん、拒否権はない。
「ふーん、思ったよりみんなサバイバルしてるのね。あたしはもっとイージーモードでいきたいんだけど」
この力、上手く使えばまた大金持ちになれるんじゃないかしら? いや、そもそもこの世界で「金」にどれほどの価値があるのだろうか?
まあ、いいわ。とりあえず、もっと情報を集めて、この世界の「美味しい」ところを見つけ出すのが先決ね。
「目指すは、安全快適、そしてウハウハなポストアポカリプスライフよ!」
あたしは新たな野望を胸に、再び地上へと続く階段を上り始めた。このクソッタレな世界で、あたしが最強の勝ち組になる。その未来は、もうすぐそこだ。