「ふぅ、オーク程度じゃ準備運動にもならないわね」
あたしは、先ほどまでオークだった巨大な肉塊が転がっていた場所から視線を外し、軽く肩をすくめた。
この程度のモンスターなら、もはや指を鳴らすまでもない。これも全て、あたしを構成する「設定」のおかげだけど。
遭遇した生存者たちとは情報交換の後、さっさと別れた。彼らに分け与えるほどの食料も時間も、今のあたしには惜しいのだ。もっとも、彼らが持っていた食料のほとんどは、あたしが「提供」させたものだけど。
さて、これからどうしたものか。安全な拠点は確保したものの、このままではジリ貧だ。せっかく手に入れたこのチート能力、もっと有効活用したい。できれば、以前のように大金を稼ぎたい。でも、この世界で「お金」に価値はあるのかしら?
そんなことを考えていた、その時だった。
ピロン♪
脳内に、どこか懐かしい電子音が響いた。そして、目の前に半透明のウィンドウがポップアップする。
【条件クリア:モンスター討伐数一定達成】
【スキル『配信』が解放されました】
「……は? 配信?」
思わず間の抜けた声が出た。スキル? なにそれ、ゲームみたいじゃない。
ウィンドウには続けて詳細が表示される。
『スキル:配信 – あなたの活動を、かつてのプラットフォームを通じてリアルタイムで発信できます。特別な機材は不要。あなたの意思が、配信を開始します』
かつてのプラットフォーム……それって、もしかしてVTubeのこと?
嘘でしょ? こんな世界で、どうやって?
半信半疑のまま、あたしは「配信を開始する」と強く念じてみた。
すると、あたしの視界の隅に、見慣れた配信画面のオーバーレイがホログラムのように浮かび上がったのだ! コメント欄、視聴者数カウンター、そして「ON AIR」の赤いランプ!
「マジかよ……本当に繋がった……」
チャンネル名は、もちろん「毒舌天使♡ましろちゃんねる」。
最初は「視聴者数:0」だったカウンターが、数秒もしないうちにポツポツと増え始めた。1、5、10……あっという間に100を超え、見慣れた名前のアイコンがコメント欄を埋め尽くしていく。
『ましろん!?』
『うそ!? 本物!?』
『最近配信ないから死んだかと思ってた! 心配したんだぞ!』
『生きてたああああああああ!!!!』
「うっわ、懐かしい顔ぶれ……あんたたち、あたしのこと覚えてたのね、感心感心」
あたしの声が、アバターを通じてマイクに乗っているらしい。コメント欄の勢いがさらに増す。ファンネーム「ましろの僕」、略して「ましもべ」たちが、狂喜乱舞しているのが手に取るようにわかる。
『ましろんの声だ!』
『どういうこと!? なんか背景おかしくない!?』
『っていうか、その姿……アバターそのものじゃん!』
「ええ、そうなのよ」あたしはカメラ(どこにあるのかは知らないけど、多分ある)に向かってウィンクしてみせた。
「あたしにもよくわかんないけど、なんかVTuberのアバターのまま復活しちゃったのよねー。モンスターに襲われて一回死んだんだけど、まあ、無問題です!」
『軽いな〜〜〜!!!』
『いやいやいや、情報量!』
『死んだ!? 大丈夫なの!?』
「大丈夫に決まってるでしょ? ピンピンしてるわよ。見てなさいって」
ちょうど手頃な獲物が目に入った。数匹のゴブリンが、瓦礫の陰で何かを漁っている。
「それじゃあ、復活記念に一発芸でも披露しましょうか。【ファイアボール】ッ!」
あたしは軽く指を鳴らし、燃え盛る火球をゴブリンの群れに叩き込んだ。一瞬の爆発と断末魔。ゴブリンたちは黒焦げになって吹き飛んだ。
『うおおおおおおおお!!!』
『魔法!? 本物の魔法じゃん!!』
『ましろん、あんた一体何者になったんだ…』
『すげええええ! カッコイイ!』
「ふふん、どう? これが新しいあたしよ。大賢者ましろちゃん、とでも呼んでちょうだい」
コメント欄は賞賛の嵐。中には「こっちの世界も滅茶苦茶なんだ! モンスターがそこら中にいる!」「助けて、ましろん!」といった悲痛な叫びも混じっている。
どうやら、この現象はあたしの周りだけでなく、広範囲で起こっているらしい。
「ふーん、世界中がこんな感じになっちゃったわけね。まあ、あたしには好都合かも」
混乱は、新たな秩序を生むチャンスでもある。
「いいわ、このめちゃくちゃになった現代、あたしが何とかしてあげてもよくってよ?」
画面の向こうのましもべたちが沸き立つのがわかる。
「ただし!」あたしはビシッと指を突きつけた。
「チャンネル登録は絶対にしなさいよね! あと高評価と通知オンも必須! それから、今日の配信が終わったら、叡智ティアの登録者数もチェックするから覚悟しておきなさい!」
『あいかわらずで安心したwww』
『はい喜んで!』
『一生ついていきます!』
混乱の中、あたしの新たな伝説が、今、幕を開けた。まずは手始めに、この世界の情報を集めつつ、目障りなモンスターを掃除して、視聴者数を稼ぐとしましょうか!