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第5話


「さてと、今日の配信はどこをピクニックしようかしらねぇ」


 配信を再開して数日。あたしは手頃なモンスターを狩っては、その様子をましもべ共に見せつける毎日を送っていた。


 視聴者数はうなぎ登りで、コメントも日増しに熱を帯びてきている。どうやら、この絶望的な世界で、あたしの存在が彼らにとって唯一の希望の光になりつつあるらしい。


 まあ、当然よね。



 そんなある日の配信中、いつものように軽口を叩きながらゴブリンの集落を火柱で焼き払っていると、コメント欄が急に騒がしくなった。



『ましろん、大変だ!』


『渋谷でヤバいことが起きてるらしい!』


『ダンジョンからモンスターが溢れてきてる! スタンピードだ!』



「渋谷でスタンピード? へえ、面白そうじゃない」



 あたしの口角が自然と上がる。大規模なモンスター侵攻。それはつまり、派手な絵が撮れる絶好の機会ということ。



「よし、決めたわ! 今日のメインコンテンツは、渋谷スタンピード鎮圧ミッションよ! あたしが華麗に解決して、あんたたちに希望(と再生数)をプレゼントしてあげる!」



『おおおお!』


『待ってました!』


『でも、渋谷までどうやって行くんだ?』


『危ないよ、ましろん!』



「移動手段? ふふん、甘く見ないでくれるかしら。あたしのVTuber設定、盛りまくったって言ったでしょ?」



 あたしはニヤリと笑うと、背中の小さな天使の羽を意識した。設定の一つ、『音速での飛行能力』。高所恐怖症だから今まで使うのを躊躇していたけど、今はそんなこと言ってられない。



「ちょっとお空飛んでくるわねー! あんまり速すぎて配信画面が追いつかなかったらごめんあそばせ!」


 次の瞬間、あたしの身体は爆音と共に空へ舞い上がった。


 びゅおおおおおお!


 凄まじい加速Gがあたしを襲うが、アバターの身体はびくともしない。眼下には、あっという間に小さくなっていく街並み。



『うわあああああああああ!!』


『飛んだ!? マジで飛んだぞ!!』


『速すぎいいいいい!!!』


『ソニックブーム起きてるって!』



 数分後。高所からの景色に若干青ざめながらも、あたしは渋谷の上空に到達した。


 そこは、まさに地獄絵図だった。スクランブル交差点は無数のモンスターで埋め尽くされ、逃げ惑う人々の悲鳴が響き渡っている。有名なファッションビルは半壊し、黒煙を上げていた。



「うわー、これはひどい。週末の渋谷より混んでるんじゃないの?」



 あたしはゆっくりと降下し、渋谷のシンボルとも言える犬の銅像の近くに着地した。周囲の人々が、突如空から舞い降りてきた奇抜な格好のあたしを見て、一瞬動きを止める。



「な、なんだあの女…コスプレか?」


「こんな時に何やってんだ!?」


 戸惑う人々の声。まあ、無理もないわね。


「はいはい、道を開けなさい、一般市民諸君! ここからはプロのお仕事よ!」


 あたしは高らかに宣言すると、モンスターの群れに向かって歩き出した。


「邪魔よ、ザコども! あたしが全部やったるわよ! 【サンダーボルト・ストーム】!」


 天に手をかざすと、黒雲が渋谷上空を覆い、無数の雷撃がモンスターたちに降り注いだ。ゴブリンもオークも、巨大な狼型モンスターも、阿鼻叫喚の声を上げながら次々と黒焦げになっていく。



『うおおおおお! ましろん無双だ!』


『神降臨!』


『かっこよすぎ!!!』


『これがVTuberの力(ちから)…!』



 コメント欄は興奮の坩堝と化している。この快感、たまらないわ!



 しかし、あたしの独壇場は長くは続かなかった。



 渋谷ダンジョン――おそらく109だった建物が変貌した巨大な穴――の奥から、地響きと共に、ひときわ強大なプレッシャーが放たれた。



 ゴゴゴゴゴ……!



 そして、姿を現したのは、体長数十メートルはあろうかという巨大な黒竜。その鱗は闇よりも深く、両目からは不気味な紅蓮の光が放たれている。ダークネスドラゴン、とでも呼ぶべきだろうか。



「チッ、真打ち登場ってわけね。でも、あたしの相手じゃないわ!」



 あたしは最大級の魔法を放つべく魔力を高める。



「【ファイアストーム・マキシマム】ッ!」



 超高温の炎の嵐がドラゴンを包み込む。しかし――



 グオオオオオン!



 ダークネスドラゴンは咆哮一つで炎の嵐を吹き消し、その巨大な爪をあたしに向かって振り下ろしてきた。



「きゃあっ!?」



 咄嗟に回避したが、衝撃波で吹き飛ばされ、近くのビルの壁に叩きつけられる。アバターのドレスが破れ、腕からはうっすらと血が滲んだ。「女神の祝福」による自動修復が追いつかないほどのダメージ。



「……全然魔法通用しないじゃない! ちょっと、設定盛ってるのに向こうのほうがチートじゃん、何それズルい!」



 あたしは悪態をつきながらも、次々と魔法を繰り出すが、ドラゴンの強固な魔法耐性や、口から吐き出される暗黒のブレスによってことごとく相殺されてしまう。



 ズドオオオン!



 再びブレスの直撃を避けきれず、今度は地面に叩きつけられた。視界が霞む。アバターのあちこちがボロボロだ。



『ましろん!?』


『嘘だろ……』


『あんなのどうやって倒すんだよ…』


『逃げてー!』



 視聴者たちのコメントにも、焦りと絶望の色が浮かび始めていた。



 くそっ、このままじゃ……あたしのカリスマが地に堕ちちゃうじゃない!


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