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第20章: 新人のデビュー

真の力は栄光の瞬間に現れるのではなく、戦いの前の孤独に現れると言われています。目撃者がいないとき。疑念が魂に深い根のようにしがみつくとき。


体が震え、心が揺れ動くその瞬間に、人は前進するのか、それとも永遠に自分の恐怖の中に閉じ込められたままでいるのかを決めるのです。


他人の重荷を背負っている人にとって、楽な道はありません。自分自身の重荷も背負わなければならない人にとっては、なおさらです。


しかし、勇気ではなく必要性から前進する人々もいます。欲望によって。怒りから。愛のために。


なぜなら、時には自分のために戦うのではなく、世界と自分の影に、まだ選択できることを示すために戦うからです。


そしてエデンは選択した。


今日、初心者は学びに来ません。今日は…彼は勝ちに来た。


—————————————————————————————————————————————————————————


吹きすさぶ風が、雪に覆われた山頂を容赦なく叩きつける。


だが、それでもエデンの動きは止まらなかった。


剣が何度も空を切るたびに、彼の心を締めつける迷いも少しずつ薄れていくように感じられた。




「負けるわけにはいかない……」


息を荒げながらつぶやく。


「絶対に勝たなきゃ……何があっても」




その瞬間――


地平線に朝日が昇り、山々が金色に染まった。


同時に、エデンの右目が深紅に輝く。




歯を食いしばり、まっすぐに立ち上がる。




「勝つ……」




―――――――――――――――




アスガルドの街は、不思議な熱気に包まれていた。


活気にあふれる通り、店先に群がる群衆、そして道端では子どもたちが模擬戦をして遊んでいた。




「今日は冷えるな……」


「そうだな。でも、まあ、たまにこういう日もあるさ」




―――――――――――――――




更衣室では、エデンが静かに新しい剣を見つめていた。


彼の手に馴染んだその刃を、まるで運命の断片のように、慎重に握っている。




「驚くほど軽いな……」


そっとつぶやく。


「もしこの剣に、俺の力を流せたら……」




そのとき、扉をノックする音が響く。




「どうぞ」




シュウが現れる。


いつも通りの落ち着いた顔だが、その奥にはどこか不安な影が見えた。




「準備はどうだ?」




エデンは彼に微笑み返した。




「まあ、最悪ってほどでもないかな。ただ――でっかい責任が肩に乗ってるだけさ」




「お前に、こんな負担を背負わせて悪いと思ってる」




「気にするなよ。俺が選んだ道だ。今日負けたら、これまでの努力が全部無駄になる。でもそれも悪くない。……自分を試すには、ちょうどいい機会だ」




シュウは少し黙り、ゆっくりと頷いた。




「頼む。お前が負けたら、GODSの全員の想いも無駄になる」




「……ああ、分かってる」




「……なあ」


シュウは扉に向き直りながらつぶやいた。


「お前、ここに来てから、何か変わったような気がする。時々人のために動くけど、大事なときには自分の殻に閉じこもる。……結局、どれが“本当のお前”なんだ?」




返事はない。


それでもシュウは微笑んで言った。




「ま、いいか。頑張れよ」




「シュウ」




「ん?」




「ありがとう」




「なんで?」




「別に……理由はない。ただ、礼を言いたくなっただけだ」




シュウは少し戸惑いながらも、肩をすくめて応じた。




「……なら、どういたしまして」




エデンは拳でそっとシュウの胸を叩き、再びひとりになった。




「じいちゃん……俺はいつになったら“準備ができた”って言えるんだ? 俺に何を期待してるんだ……俺は、いったい何者なんだよ……?」




―――――――――――――――




再びノックが鳴る。




「エデン・ヨミ。準備はいいか? 試合が始まるぞ」




「……ああ。今行く」




立ち上がるエデンの足取りに、もう迷いはなかった。


開いた扉の向こうには、光が満ちた長い廊下が続いていた。




「負けられない……絶対に、勝つんだ……!」




そう心に誓いながら、彼は闘技場へと歩を進めた。




―――――――――――――――




轟音のような歓声が、氷に覆われた闘技場を揺らす。


何千もの視線が戦士たちを見つめる中で、エデンの世界にはただ一つの目標だけが存在していた。




「この感覚……久しぶりだな」


石造りの通路を抜けながら心でつぶやく。


「こんなにも大勢が叫んでるのに、頭の中は静かだ。――最高だ」




中央に立つレイは、肩を回しながら余裕の表情でエデンを迎える。


その目は自信に満ち、相手を見下すように輝いていた。




「がっかりさせるなよ、悪魔くん」




エデンは黙って立ち止まり、目を閉じて深く息を吸う。




「どうした? 蛇に舌でも噛まれたか?」




だがその挑発も、彼の心には届かない。


エデンの全身が、別の次元と共鳴していた。




観客席ではアフロディーテが鋭い視線を送っていた。


その隣で、シュウが緊張を隠しきれずにいた。




「どう思う? 勝てると思うか?」




アフロディーテはすぐには答えず、静かに答えた。




「……分からない。でも彼を見てると、奇妙な感覚がある。まるで何かを壊したような……」




「“壊した”?」




「そう、小さな壁を――」


彼女は目を細める。


「普通は何年もかかる修行でやっと届くものを、彼は短期間で超えてる。……火を灯したのは誰なのか、気になるわね」




そのとき、オーディンが玉座から立ち上がった。




「皆よ、聞け。これより“Torneo of God”第二戦を開始する!」




魔法のスピーカーがその声を増幅させ、場内を包み込む。




「戦うは、GODS代表・エデン・ヨミ。そしてNork代表・レイ・サンドヘッド!」




歓声が爆発する中、オーディンの手が振り下ろされた。




「始めッ!」




レイが構える――だが、動いたのはエデンだった。




抜刀と同時に、剣が真紅に染まり、熱気が吹き荒れる。




「火炎技――“煉獄の閃光れんごくのせんこう”」




爆発的な力を帯びた一閃がレイの腹部を打ち抜き、氷壁に叩きつける。


その衝撃に、一瞬、場内が静まり返る。




「……速い」


シュウが唸る。




アフロディーテはわずかに眉をひそめた。




「この恐怖……久しぶりに感じる。彼の体から放たれている力、並じゃないわ」




壁からよろめきながら立ち上がるレイ。


息が荒い。




「さっきの一撃……ギリギリで防いだつもりだったけど……!」




だが、エデンは追撃に移らない。


代わりに――剣を手放した。




「……なに?」


レイが戸惑う。


その目に映ったのは、火傷で赤く焼けただれたエデンの手。




「力を込めすぎた……剣先に集中できていなかった」


エデンは息を切らしながら思う。


「まだ……まだこの技を完全に扱えない……」




「もう降参か?」


レイの余裕が戻る。




「降参なんて、臆病者のすることだ」


エデンは顔を上げた。


「俺が倒れるときは、戦いきったあとだけだ」




アフロディーテは静かに腕を組んだ。




「やっぱりね……技を完璧に使えるはずない。けど、それでも予想以上の成果を見せたわ」




シュウは驚いた顔で彼女を見る。




「知ってたのか……彼の狙いを?」




アフロディーテはにやりと笑った。




「もちろん。あれは彼のアイデアよ。……いや、ちょっとだけ私の案も入ってるけどね」




――そして、物語は次なる嵐へと進む。




「さあ来いよ、悪魔野郎!今さら逃げるなよ!」


レイの叫びが闘技場に響き渡る。


自らの声に気力を吹き込むかのように、怒号を上げながら連続攻撃を仕掛ける。




エデンは何とか回避を続けていたが、呼吸は乱れ、足取りも徐々に重くなっていた。


先程の炎の技はあまりにも代償が大きく、今の彼に残された力はわずかだった。




(……耐えろ)


荒い息の合間にそう心でつぶやいた瞬間、


レイの蹴りが脇腹に突き刺さる。さらに一撃。容赦のない連打が続き、


ついには壁際まで押し込まれ、強烈な一撃で背を叩きつけられる。




「どうしたよ、その威勢は?さっきのイキりはどこ行った?」


レイの顔には歪んだ笑み。




エデンは構えを取ろうとするが、腕が思うように動かない。


次の瞬間、顔面に蹴りが直撃する。鮮血。痛み。視界が赤に染まる。




観客席の歓声は徐々に静まり、


視線を逸らす者、息を呑む者が入り混じる。


アフロディーテは拳を強く握りしめ、


シュウは唇を噛み締めていた。




「……流血が多すぎる」


「だが、おかしい。エデンは、そう簡単に折れる奴じゃない」




その言葉を聞いたかのように、レイが技を発動する。




「木属性術――“棘の茨”!」




地面から鋭い棘が伸び上がり、エデンの両手を貫いた。


石壁に固定され、逃げることはできない。


激痛に絶叫が漏れる。熱い血が手から滴り落ちる。




「どうだ?まだ戦士気取りか? がっかりだな、もっと楽しませてくれると思ったのに」




レイの容赦ない蹴りがエデンの体を襲う。


顔は血で覆われ、唇は裂け、鼻からも血が滴り落ちる。




シュウは怒りに震え、


アフロディーテの視線は一点を見つめ続けていた。




――それでもエデンは、倒れなかった。




そしてその時――世界が暗転する。




闇の中、彼の前に現れたのは“あの”存在。


何度も夢に現れてきた悪魔。


皮肉な笑みを浮かべ、影に染まった瞳で彼を見つめる。




「また俺の出番みたいだな」




「お前に会いに来たんじゃない」


エデンは歯を食いしばる。




「強がるなよ。お前は一人じゃ勝てない。……その傷だらけの体を見てみろ。手を取れよ、そしてあいつを潰すんだ。ついでに――お前の大事な“じいさん”も救えるかもな」




炎と闇に包まれたその手が差し伸べられる。




(……力が手に入る。これで、勝てる……)




だが、その誘惑を断ち切る声が割って入った。




「立てぇぇぇぇぇッ!!!」




――シュウだ。




闘技場の現実が、亀裂のように割れ目を生み、


観客席で必死に叫ぶ彼の姿が見えた。




「お前ならやれる!負けるな、エデン!」




「……悪いな」


エデンは悪魔を見つめる。




「これは、俺の戦いだ」




悪魔は口元を歪め、苦笑しながら闇に消えていく。




――幻影が砕け散る。




エデンの目が開いた。


血は止まらず、痛みは酷い。だが――意識はある。




「――ぬぁあああああッ!!」




左手を壁から引き抜く。


棘が肉を裂き、血が噴き出す。


だが彼は止まらない。




「……な、なんだ……?」




レイが一歩下がる。


右手も強引に引き抜かれ、エデンは膝をつく。


顔は血に塗れたまま――しかし、その瞳は力強く輝いていた。




「……もう、うんざりだ」




レイの足首を掴む。


そのまま――ひねり上げる!




ゴキッという音が響き、レイは悲鳴を上げながら地面に転がる。


観客席が静まり返る。




「……これは、“悪魔の力”じゃない」


アフロディーテの目が細められる。


「……これは、“エデン”自身の力だわ」




彼はゆっくりと立ち上がり、


血を滴らせながら、歩き出す。




「たっぷり痛めつけられたな、レイ。……返さなきゃな」




その目には、感情がなかった。


まるで人間であることを拒否するような――冷たい光。




「や、やめろ!近づくなっ……!」


地を這いながら逃げようとするレイ。




だが、エデンは剣を抜いた。




「許す?……悪いが、それは得意じゃない」




剣が振り上げられる。




観客席のシュウが立ち上がり、叫んだ。




「エデン!やめろ!!」




その声が届いた瞬間――




剣は、レイの顔すれすれの地面に突き刺さった。




エデンは背を向けて歩き出す。




動けないレイを残し、


静寂に包まれた闘技場を後にする。




出口に近づいたとき、彼は一度だけ顔を上げた。


観客席のシュウと目が合い――微笑んだ。




その瞳には、久しぶりに“生”の光が宿っていた。




エデンの足音は、闘技場を離れていく暗いトンネルの奥へと消えていった。だが、その存在感だけは、まだこの場に深く根を下ろしたままだった。


誰も何も言わなかった。拍手もなければ、ため息すらない。聞こえるのは、凍てついた風の音と、彼の歩いた後に残された血の滴る音だけだった。




観客席では、シュウが無言のまま立ち尽くしていた。


微動だにせず、まばたきすら忘れたかのように。




その隣で、アフロディーテが腕を組んでいた。


彼女の瞳には、恐れも不安もなかった。ただ、誇りと諦観が混じった、不思議な色が浮かんでいた。




「……あの子は、本当に……」


そう呟いた彼女の声は、まるで誰かに問いかけるような響きだった。




「見たか?」


視線を外すことなく、シュウが問う。




「ええ」




「最初は、負けると思った。けれど、途中からまるで何かが目覚めたようだった。暴力的で、獣じみた何かが……。だが、あの時のような魔の力じゃなかった。今回は違う。完全に、彼自身だった」




アフロディーテは静かに頷いた。




シュウは俯き、呟くように続ける。


「最初は、ただの厄介者だと思ってた。制御できない悪魔、感情の不安定なバカ……。でも、今の彼は違う。いったい、いつ変わったんだ? いつ、あのエデンは消えて……このエデンになったんだ……?」




その声は、哀しみではなく、ただただ困惑に揺れていた。




「彼は……いったい何者なんだ……? 何を、隠している?」




アフロディーテはそっと彼の肩に手を置いた。


その手は温かく、静かだった。




「たぶん……本人にも、まだ分かっていないのよ」




目を閉じたまま、シュウは冷たい風を顔に受けていた。


観客席は少しずつざわめきを取り戻し、日常の空気が舞い戻ろうとしていた。


だが、彼の胸の奥には、何か説明できない変化が芽生えていた。




『エデン・ヨミ……お前は、いったい何なんだ……?』




その頃、霜と血に染まった闘技場の下では、ひとつの傷が癒えていた。


……そして、それ以上に深い、別の傷が静かに開かれていた。

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