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第11話 混乱①

「済まないねえ、お客さんたち……ここまででもいいかい?」


 タクシーの運転手が、困惑しながらタクシーを停めた。

 道路の反対側がみるみる止まった車だらけで、動きがない。それどころか、停止した車から人がたくさん降りてきて何やら言い合いを始めた。


「ええ、ここまでありがとうございました」

「本当に済まないねえ……でもこっちもなんだか帰れなくなりそうで」


 車内でも、時折知らない声が響いてそれに応じる声が聞こえていたのが、どんどんせわしくなりだしていた。

 運転手の懸念は間違っていない――自分たちの目的の為にこの人を巻き添えにはできない。


「地震かなんかだと思うんだけどねえ、嫌な予感がして……お客さん乗せててこんな事言うべきじゃないんだろうけども」

「いいえ、どうぞ――お気を付けて」


 料金を支払って――セリオンに学んだお陰でお札は完璧に支払えた――ジュリエッタとエリスはタクシーを降りる。

 佐倉さくら駅と書いてあった。広々としていて、謎のオブジェが各所に点在していた。


「さて、歩くしかないわ!セリオン、どちらがちばなの?」

『千葉は通り過ぎたんだよ、成田まで歩くのか……ナビれるかなぁ。ところでキミら、さっきD端末になんかしてた?』

「運営という人から通知がきたの。ポイントがないと生存に失敗するって」


 うむむ、とセリオンが唸る。


『画面が戻って、見えてるんだけどー殿下たちは、なんか真っ白な部屋でくつろいでるんだよね〜。なんか安全みたいだからジュリエッタたちもポイント稼いでおけば?足りないと死ぬなら普通に大問題だよ』


「どうやってぽいんと?をとるの?」


「ジュリエッタ様、ここに説明が」


 エリスがチャット欄を開いて、全員で説明を読み込み、マイページを再度見る。


『殿下たちは、なんか別のページでポイント稼いでるっぽいよ、それをステータスに振ってるみたい』


 ジュリエッタとエリスは知恵を絞って、あちこちを触ってみた。

 時間がかかったが、結果として鑑定アプリやストア、オークションの場所と意味を覚え、ゲーム画面にもたどり着いたのだが。


 クイズも迷路も、ジュリエッタたちには意味が分からなかった。

 セリオンは迷路は分かったようだが、口頭で指示を出されてもジュリエッタたちには分からない。


『……キミらはダンジョンいって、モンスターを狩るしかないね』


「モンスターと言うのは、魔物のことでしょう?確か、隣国ではそう呼んでたわよね?」


『そうそう、よく覚えてたね、寸胴聖女』


「くびれくらいあるわよ!!失礼賢者!」


 エリスがため息をついた。


「わかってらっしゃらないようですね、セリオン様。ジュリエッタ様の良さはささやかなお胸と、細いお腰が魅力でいらっしゃるのに」


「誰がストレート体型よ!みんなして勝手に言ってくれちゃって」


 ジュリエッタは泣きそうにながら、寂れた商店街の方へずんずんと歩き出す。

 エリスが急いでその後を追った。


「ジュリエッタ様お待ちください!ジュリエッタ様の真の魅力はそのふくらはぎ――」

「あーもーうるさい!」


 坂を登ると、人だかりが出来ている。

 中には、モップや鍋などを持ち出している人もいた。


「どうかされたんですか?」


 小さな女の子とその親らしき女性が、スマートフォンを屈んで見つめている。

 さっと振り返ってジュリエッタたちを一瞥すると、見ていたスマートフォンの画面を見せてくれた。


 画面の中では、複数の男性が棍棒のようなものを持って画面に手を振ったりしている。

「さあ、見てください!これが東京駅です!東京駅ダンジョンです!!ここが元、丸の内口なんですよ、なんと八重洲口含めて六個の入口が全てダンジョンの入口になっています」


 ぐんと画面がアップになって、奇々怪々な世界が映し出されてきた。

 ジュリエッタたちも駅を使ってきたが、城塞と岩屋と駅が溶け合ったような姿は見たことがない。

 女性の反応を見る限り、これが通常ではないらしい。


「では、東京駅ダンジョンを踏破する初の人類として踏み込みまーす!撮影班、ついてこいよ!」

「うっす!」

 画面は揺れながら、前に進んでいく。うわっと途中で声を上げる面々を、カメラが追っていった。


 背景はどんどん岩肌に変化していき、駅としての人工物がらなくなっていく。

「うわースライムですよ!これがあのスライム!今から倒していきますね」


 ――ポヨンビーだわ。

 ジュリエッタは密かに呟く。ドレスデン王国の瘴気溜まりによくいた魔物だ。形や光沢が違うが、弾む様は少し似ていた。


 画面の中では、ゴツンゴツンとモンスターを殴っている。一撃では倒せず、十回以上叩きのめしてようやく一体倒す早さだ。

 一行はしきりにスライムを叩いてから、二階に向かった。途中、マイページを広げてレベルが上がらないことなどを説明しながら、笑いさざめいて階段を降りていく。

 だがしかし、その笑いは数秒も持たなかった。


「うわっご、ゴブリンだ!」

「倒せ!」

「こっちにも来た!」

「カメラ回してんだから俺を助けろよ!!」


 緑色のモンスターを映していた映像が乱れる。

 画面が右に左とシャッフルされた。

 怒号と、叫びが飛び交っていく。


「うわぁぁぁぁぁぁ!!」


 カメラの視点が下がって、いきなり切り落とされた足が映る。

 一緒に画面を見ていた女性と子供が悲鳴を上げた。


「た、助け……!助けて!!」


 カメラが転がったのか、地面が映る。

 近づいてくるゴブリンの姿が、画面斜めに映りこんだ。

 助けを求める男性の声が途切れ、Liveと書かれた画面が血で真っ赤に染まる。

 真紅の画面の先では、遠く叫び声がまだこだましていた。


「嘘……うそうそ、こんなの現実にあるの?!」


 女性がスマートフォンを閉じて、子供を抱きかかえる。

 人だかりのあちこちが同じ画面を見ていたのか、嘔吐く声も聞こえ始めた。


 ジュリエッタは、唇を噛み締めていた。自分がそこに入れば癒して上げられた。助けられたのに――。

 今、おそらく各地で同じことが起きているのだ。

 この世界は、混沌へと本格的に身を投じていた。

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