「魔王のあなたがわたしの父!?冗談じゃないわ。誰があなたみたいな化け物と結婚するのよ」
「ナナよ。本当なのだ。わたしも若かった。ちょっと人間界を楽しもうと下界に降りた際、お前の母親と出逢ってしまったのだ。わたしの素性がバレたときには大騒ぎだ。てっきりお前は死んだものとばかり思っていた。するとどうだ、あるお方からお前の生存を知らされた」
「だれよそれ」
「そこにいる男の父だ」
ナナはタイザーのピクリとも動かない端正な横顔を見た。それはまるでギリシャ神話の彫刻のようだった。
「あなたは・・・・・・誰?」
「ごめん。ダマすつもりはなかったんだ。ただ受付できみをひと目みて恋に堕ちてしまった。まさかこんなことになるなんてね」
「誰なの」ナナの声は震えるていた「・・・・・・いったい」
「ぼくの父は
「さあもういいだろう」タエロンの目が光った。「吸血鬼の王の息子と魔王の娘が結ばれたなら、この魔界はもう怖い者なしというわけだ」
「あなたたち・・・・・・」ナナの指に力が入った。「ひとを何だと思ってるの」
ナナはムラサメを抜いた。空はにわかにかき曇り、真っ黒な雲の隙間から稲光が走りだした。
「わたしの父は今でもギリスだし母はアーロンよ!」
ナナが振り抜いたムラサメは空気を切り裂き、タエロンの首を切り飛ばしていた。
「バカなまねはよしぇ」即座に魔王タエロンのさきほどよりも小ぶりな首が生えてきた。「お前は魔界からは出られにゃい」ナナの剣がタエロンの腹をぶち破る。「ヴェ!」
「ナナさん。やめろ、やめるんだ。きみだって半分は魔族なんだぞ」
「うるさい!」ナナの目に炎が宿り、タイザーを恫喝する。その瞬間タイザーが真っ赤な炎に包まれた。タイザーが悲鳴をあげて剣が地面に落ちた。「ぎゃぁぁ!」
ナナはすかさず側転しながらタイザーの剣を奪い取る。ムラサメと拾った剣をクロスに交差させる。そのままタイザーの心臓を突ら抜いた。「ヴギャァァァ!」
タイザーの端正な顔がみるみるうちに溶け行く。牙の生えたガイコツが足元に落ちた。ナナは踵でそれを踏み潰し、跳躍して首のないタイザーの燃えさかった体を今度は魔王タエロンに向けて風とともに吹き飛ばした。
「なんてことをしゅるんだ」小さな頭のタエロンが投げつけられた焼身ガイコツを横殴りに砕き落とす。
「そうだ。ご主人さまになんてことをしやがる!」一つ目巨人のサイクロプスがナナに向かってブンとこん棒を振り回した。
ナナは腕を十文字にしてそれを受けとめる。「?」なぜだろう。振り下ろされたこん棒がスポンジにめり込むようにナナの腕の中に取り込まれてしまった。
ナナは不敵な笑みを浮かべた。渾身の力を込めてサイクロプスのアゴをめがけてアッパー・カットを繰り出す。サイクロプスの巨体が天高く舞い上がり、真っ逆さまに地面から頭から突き刺ささった。
一つ目男は釣り上げられた魚のようにピクピクと足をけいれんさせていたが、やがてピタリと動かなくなってしまった。
次にナナは魔王タエロンに足音も立てずにつむじ風のように忍び寄り、その左胸の内に右手首をグイッとめり込ませた。
「ぎゃあ」という断末魔の叫び声が響く。ナナはタエロンの心臓を握りつぶしていた。粉々になったザクロの実のような肉塊があちらこちらに飛び散った。
遠くで一羽の鳥が羽ばたいていく。女の顔を持つハーピーが逃げて行ったのだ。
そのとき十字架に架けられたギリスがかすれたうめき声を上げた。タエロンの魔法が解けたのだ。
ナナはすばやくギリスを十字架から下ろすとその胸に血だらけになった手をかざした。するとギリスの体から一瞬にして傷が癒えた。痛みが遠のいて行く。
「お父さん!」
「ナナか・・・・・・」ギリスは薄く目をあけた。
「お父さん。お父さんはナナのお父さんだよね」
父はナナの頬をやさしくなぜた。
「ああ、そうだよ。わたしはお前のただひとりの父親だ」
「お父さん!」
ナナは父の胸の中に顔をうずめて泣いた。
泣き続けた。