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上巻 第三章 四つの呪い

第一話 フォレストエルフ

 翌日。


 私は早々に東門を抜け、ウルトの町を後にした。

 町から離れると、ずっと被っていたフードを脱いで、長い真紅の髪を解放した。


 自分にかんしての謎は、いくつかある。

 なぜ、髪があかいのか。

 なぜ、マナの色が見えるのか。

 そしてなぜ、魔法が使えるのか。


 このうち髪と魔法はわからないけれど、マナが見えるのは私の他にもいた。ならばそこを糸口に、他の謎も解き明かせるかもしれない。

 そのためにも、フォレストエルフに会いたい。


 私は森の中をぐ北に向かって進む。

 森の中は、ほどよくが差し込み、さまざまな色のマナがあふれていた。


 頼りになるのはコンパスよりも、緑色のマナだ。

 不思議なことに、この辺りの草木から発せられるマナは他のところよりもやや明るくて、黄緑色に近い。

 こんな色のマナは初めて見た。


 このマナが濃いところを頼りに進む。時折、魔物の気配を感じて回り道をしたけれど、黄緑色のマナを見失うことはなかった。


 森は深くはなかったけれど、広大だった。

 私は懐中時計を見ては、木の幹に背中を預けて休憩し、食事をとり、雨が降ってきたら大きな木の洞に飛び込んだ。


 そうやって森を進むこと、十一日目。


 もう自分がセイジュの森の何処どこにいるのかもわからなくなった頃。

 辺りから、強烈な黄色のマナをいくつも感じた。


「な、なに?」


 私はつえを構え、辺りの気配を探る。


 誰かがいる。

 それも一人じゃない。

 囲まれている。


 私は杖の先にマナを集め、両手で円陣を描くと“魔法”を唱えた。


『我をあだなすものから守れ……剛木盾の魔法ウツドシールド!』


 杖を円陣に突き刺すと、円陣が弾けて私の周りに降り注ぐ。

 奇妙なことに、詠唱の最後を“法術”から“魔法”に変えただけで、その効果は飛躍的にあがった。

 どうやらこれが、本来の唱え方らしい。


 刹那、目にもとまらぬ早さで、全方位から私にめがけて矢が降り注ぐ。

 しかし、全ての矢は私の目の前で魔法陣に止められ、地面に落ちていった。

 すると無駄を察したのか、矢の雨がんだ。


「なにそれ!? あなた、なにもの?」


 正面の頭上、太い木の枝の上から声が聞こえた。

 よく見ると、私と同じ年くらいの女の子だった。


「私の名はマール。フォレストエルフのみなさまに、聞きたいことがあって来ました!」


 大声で叫ぶと、数人の人影が木の幹や枝を蹴って地面に降り立ち、私を取り囲んだ。

 目の前に立つ女の子は、深緑色のシャツにミニスカートという服装で、茶色いつるのベルトを巻き、黒のロングブーツを履いている。


 首から宝石が入ったネックレスをさげていて、背中には矢筒があった。そして左手に持っている弓からは、赤いマナを感じ取れる。男性の衣装は浅黄色の長ズボンを穿いている以外には、女性のものとほぼ変わりはなかった。


 間違いない。彼らがセイジュの森に住むという、フォレストエルフだ。

 やっと出会えた。


 周りのフォレストエルフらの手には、弦を引き絞られた弓矢が握られており、それぞれ手から紅いマナを発している。

 殺意を持って、私を警戒しているあかしだ。


「あなた、ただの人間じゃないわね」


 私が普通の人間じゃないことくらい、これまでの出来事で理解している。


「五日以上、町の外などで親しくなったものは命を落とす。私が十日以上滞在した町は、災禍に見舞われる。そういう呪いを受けた人間よ。故に、この大気に満ちている美しいマナに詳しいと思われるあなた方に、私はこれからどうすればいいのか導いてほしいの」


「…………」


 フォレストエルフらは、女の子になにやら声をかける。

 彼らが話しているのは共通語ではなく、エルフ語だ。

 しかしこれもどういうわけか、私には聞き取ることができた。


「リアノ、この人間をどうする」


 男性のフォレストエルフが目の前の女の子、リアノに話しかける。


「そうね……怪しいけれど、悪意は感じない。お母さまに判断を委ねようと思う」


 リアノがそう口にすると、その場にいた全員が動揺した。


「なんですって!? 女王さまに!?」


「駄目です! 人間は危険です。領内に入れることすら反対です!」


「そうだよ、危なすぎる!」


 やはり、人間よりもフォレストエルフの方が自然に近い分、マナの話をするにはうってつけらしい。


「ただであなた方の女王さまに拝謁はいえつを賜りたいとは言わないわ。私はただ、自分を知りたいだけ。その対価として、あなた方に“魔法”の使い方を教えましょう」


 私がエルフ語でそう言うと、フォレストエルフらに再び動揺が走る。

 そして私に咄嗟とつさに弓矢を向けた一人が手を滑らせ、矢を放ってしまった。


「危な……え?」


 リアノは私を見て、唖然あぜんとしていた。

 先ほど唱えた“剛木盾の魔法”はまだ効果を発揮したままであり、私に向かって放たれた矢は、小さな魔法陣によって止められていたからだ。


「これが魔法よ、リアノ」


「まさか、マナを錬成したというの? そんなことが可能なの? それにあなた、人間なのにその流暢りゆうちようなエルフ語や、わたしの名前まで……?」


 立て続けに起きた予想外の出来事に、リアノは混乱に陥っている様子だった。

 しかし、すぐに落ち着きを取り戻すと、さっと右手をあげる。

 私の周囲から、やじりが下ろされた。


「いいでしょう、マール。あなたを我らの領内に連れて行く。誰か、一足先に町に戻り、フィオン陛下にこのことを伝えよ」


「はっ」


 フォレストエルフの兵士の一人がリアノの命を受け、走り去っていった。


「但し、少しでも妙な真似まねをしたら、即刻あなたの心臓を穿うがつ!」


 言葉に力を込め、矢の先端を私に向けるリアノ。


「喜んで」


 私は冷静に微笑ほほえんで、頭を下げた。

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