ユーリエに自分の
まるで、なにごともなかったかのように、僕らは旅支度を調え、レゴラントの町を出立した。
いよいよ、最後の石碑だ。
これを見ることができれば、石碑巡りは終わる。
しかし、それが最難関の場所に建っていることもわかっていた。
最後に向かうディゴバは、そんなジェド連邦の首都なのだ。
僕らはすぐに街道を北に向かい、ヴァスト山脈の険しい道に入った。
予定ではここからディゴバまで二ヶ月、なにかトラブルがあれば三ヶ月はかかるだろう。
なにせヴァスト山脈を横断する形になるので、落石や積雪などで足止めをくらう可能性がある。だからどれくらいでディゴバに着くのか、正確に読めないんだ。
読めないといえば、もう一つある。
それはユーリエだ。
昨日、僕はユーリエに告白した。
でも返事をもらえず、ユーリエは笑顔で、ただ僕をきつく抱き締めただけだった。
これは是なのか、非なのか。
あの抱擁の意味はなんなのか。
少なくとも、非ならこうして一緒にいないとは思うけれど、色よい返事をもらってもいないので、なんだかもやもやする。
ユーリエがなにを考えているのか、わからないままレゴラントを旅立った、最初の夕方。
辺りから草木がかなり少なくなったが、まったくないわけではない。なので『草壁円洞の
僕は洞穴の中央に魔法で穴を空け、
食材はこれまで同様、町で購入した
調理をしている間。
ユーリエはなにを思ったのか、満面の笑みで両手いっぱいの雑草をかき集めてきた。焚き火は火力を上げた『
それから僕らは牛肉のスープを堪能し、ユーリエはすぐに
「わあ、大きい! いい匂い~。おいしそ~!」
えぇ……あれだけスープを食べた後なのに。
「うん? なにか言いたいことがあるなら言えば?」
「太るよ?」
「黙りなさいよっ!」
お、おう。
そうだった、これがユーリエだった。
最近、こんなやりとりが少なかったから、忘れてた。
結局ユーリエは桃を三つも食べて、自分で『
すぐ寝るのかと思ったら、違った。
「カナク、大事な話があるんだけど」
「え?」
「こっち、きて」
僕は鍋に
「なに?」
ユーリエは身体を起こし、改まって僕に膝を向けた。
「まずは私のことを好きになってくれて、ありがとう。天にも昇るほど
「えっ!?」
こ、こう真っ向から言われると、少し照れる。
「でもね、同時に……ちょっとね、不安もあったの」
「不安?」
「うん」
ユーリエは目を閉じて、こほんと小さく
セレンディアの石碑。
彼といた時間は、とても短かった。
すごく残念だったけれど、私たちはすぐ離されてしまった。
一緒に過ごした時間はごく
彼のお陰で、私は生きる希望を抱くことができた。
いつしか私は、そんな恩人でもある彼にまた会いたいと強く願うようになっていた。
それから数年が
きっと私のことを覚えていないだろうけど、私は彼を忘れたことはなかった。
胸がはち切れそうで、すぐ彼に声をかけたかったけれど、冷たくされたらと思うと勇気が出なくて、無為な時間を過ごしてしまった。
彼と時間を共有したい。
彼の
彼が……ほしい!
でも結局、勇気がなくて、なにもできなかった。
諦めかけた私の時計は、そこで凍った。
コルセア王国、カリーンの石碑。
彼は手を伸ばせばすぐそこにいるのに。
結局、彼との距離を縮められなかった。
私はなけなしの勇気を振り絞って、彼に近づいた。
世の中には辛いことや悲しいことなんていっぱいある。でも、胸を躍らせるような楽しいことや、幸せなこともある。
それを彼と共有していることが、なによりも嬉しかった。
彼の前では、
しかし、不安もあった。
彼には好きな人がいるのだという。それを初めて聞いた時、表向きは平気な顔をしていたけれど、本当は心が張り裂けそうだった。
もう絶対、誰にも渡さない。
私は彼のもの。彼は私のもの。
黒い感情が私の中に巣くいはじめている。
このままでは、本当に悪魔のような女になってしまう。
私は、私は……。
フェルゴート王国、レゴラントの石碑。
私は親類の間を転々とし、最終的に養護施設へ送られた。
彼と出会ったのは、その時だった。彼はいつも泣いていた私に話しかけ、一緒に遊ぼうと手を差し伸べて、最高の笑顔をくれた。冷たくて殺伐とした権力争いの世界しか知らなかった私は、優しい表情で花に水をあげる彼に衝撃を覚えた。
こんなに、あたたかな世界もあったんだ。
こんなに、優しくて素敵な人もいるんだ。
それから私は、寝起きも、食事も、学ぶときも遊ぶときも、ずっと彼の隣にいた。
私が彼を好きになるのに、大して時間はかからなかった。
しかし、別れは突然やってきた。
彼と一緒に暮らすこの養護施設がある地域が、まるごと敵対勢力に吸収されたのだ。私が、この地方にあった王家の娘であることを聞きつけた領主が、引き取ると言い出してきたらしい。
家族の敵に育てられるなんて、嫌だ。
それに、せっかく好きになった彼とも離ればなれになってしまう。
しかし彼は「必ず幸せになれるから行った方がいいよ。おめでとう」と言った。
まだ幼かった私には彼の笑顔に対して、どうすることもできなかった。