「さて、神藤君が無事にうちに来たことだし、せっかくだからレクリエーションでもしようか」
富士見と神藤は部屋にある事務机の椅子に座り、1枚の紙を神藤に渡す。
「まずは神智戦略対策事務室の概要から話していこう。上の方を見てね」
神藤は言われた通りに視線を移す。
「まず神智戦略対策事務室、通称お祓い屋とは。まぁ簡単に言っちゃうと、東京23区を中心とした範囲で怪異の対処をする。それがお祓い屋のやってることだね」
「はぁ……」
先ほどまでの光景を見て、神藤はこのことを受け入れざるを得なかった。
「所属人数は神藤君を含めて24人。ここにいない職員は、全国の神社仏閣に出向中になっている。もちろん、建前上は日本史に関係する仕事ってことになっているけどね」
「そんなに数が少ないんですね……」
「それもそうさ。こういう怪異や霊的な存在に対処できる人間は多くない。これでも最近になって職員が増員されたんだ。裏を返せば、たった24人で日本中の怪異に対処しなくちゃいけない」
「そんな……」
神藤は軽く絶望した。言い方を変えれば、たった数百人の自衛官で日本を防衛するような話だからである。
「でも大丈夫! 怪異が出現するのは
「あくまで我々の目的は皇居の絶対防衛と、皇族の方々や天皇陛下の身に危険が及ばないようにすること。これが達成出来れば何も問題ありません」
富士見の後ろから、上島が補足する。
(それはあまりにも横暴っていうか……)
神藤は富士見に尋ねる。
「皇族方の身の安全を確保する仕事というのは分かりましたけど、それって国民はどうでもいいってことですか?」
「極論を言えば、そうなる」
「……それは国家公務員としてどうなのですか?」
「新人ならよく出る質問だね」
富士見は真面目な顔をして言う。
「この仕事は、国家の中心であられる天皇陛下の身と三種の神器を守護することで国体護持を実現する、という理念のもとに進められる。国体護持すれば国民の生活も保障され、結果として日本の安全を守ることに繋がるんだ」
「国体護持のために国民を切り捨てるとも読めますね」
「もちろん、そういう側面もある。だがこれだけは信じてほしい。僕たちは日本を守るために戦っている、と」
富士見の真面目な視線に、神藤は受け入れざるを得なかった。
「……分かりました。今のところはそういうことにしておきます」
「分かってもらえてうれしいよ」
そういって富士見はいつも通りのヘラヘラした雰囲気に戻る。
「それじゃあ紙のほうに戻ろうか。お祓い屋の設立は明慈11年。そこから戦間期から戦後にかけて宮内省や総理府に編制されて、現在は内閣府直下の組織だよ」
富士見は紙を机に置き、神藤のことを見る。
「ざっくり言えば、怪異や霊魂と戦って、日本━━
「なるほど……。そう言われれば、しっくり来る感じはあります」
「それに、これって意外と気楽な仕事だからね。神社仏閣から緊急通報があれば、もちろんすぐに対処するけど」
そういって富士見は椅子から立ち上がり、ソファに座る。
「とりあえず、ゲームでもする?」
ソファに置かれていた最新の家庭用ゲーム機のコントローラを手に取り、富士見は神藤に聞く。
「それも仕事なんですか?」
「もちろん。あ、当然だけど強制はしないよ。やりたいことがあるなら自由にやっててもいいし」
「書類仕事を終わらせてから言ってください」
そういって上島が、書類が入った分厚いバインダーで富士見の頭を叩く。
「いった! 何するんだよー」
「角で当てなかっただけ温情だと思ってください」
「ちぇー」
そんなことを言いながらも、富士見と上島はそれぞれの仕事に入っていく。それを見た神藤は、なんとなく疎外感のようなものを感じた。
初日の勤務を終えて、神藤は自宅に帰る。中央合同庁舎4号館の最寄り駅の一つである霞が関駅から千代田線に乗り、町屋駅で下車。そこから徒歩15分ほどの所にあるサンシャイン・トライデントⅢという三階建てのアパートに、神藤は居を構えていた。
「ただいま……」
誰か待っているわけでもないが、神藤は薄暗い部屋の電気をつける。そして道中のコンビニで買ってきたおにぎり2個を頬張り、スマホでネットを徘徊する。
「俺、こんな調子で頑張れるかなぁ……」
そんな不安が、神藤の中にあった。