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第3話 不安

 神智戦略対策事務室に配属されてから数日が経過した。

 神藤は、いまだにこの事務室での居場所に不安を抱えている。


「上島君、今日は何か予定あったっけ?」

「今日は陰の定期巡回の日ですよ。まだギリギリ若いんですからボケないでください」

「ボケちゃったら、それはそれで大変なことになるよー? 陰の世界にいけなくなっちゃうからねぇ」

「なので絶対にボケないでください。私たちが困りますから」

「え? 僕の心配してくれないの?」


 そんな話を二人はしている。その一方で、神藤は部屋の中にある分厚いバインダーを片っ端から読み込んでいた。


(俺ができることは何か……。それをここから導き出す……!)


 しかしかいてある内容はさっぱりで、一向に頭に入ってこない。こんなことをここ数日繰り返している。


(分からない……。書いてある内容がつるつる滑って理解出来ない……)

「……君」

(この文字列は何? 神社の数がいくつとか書いてあるけど、これは重要な情報か?)

「……神藤君」

(これを読んで俺は何をしたいんだ?)

「神藤君」


 その時になって、ようやく自分が呼ばれていることに気が付いた。


「は、はい!」

「そろそろ定期巡回の時間だよ。今日は雑魚の霊魂や怪異をぶっ飛ばす予定だから、張り切っていこうね」

「は、はい……」


 神藤は思わず苦笑いしてしまう。


「今日はちょっと遠出するからねー」


 そういって一行は千代田線に乗り、とある場所へ向かった。


「ここは……?」

「代々木公園だね。来た事ない?」

「ないですね……」


 そんなことを言いながら、代々木公園の中を歩いていく。


「今日はこの辺でいいかな?」


 そういって富士見は、初日にも見た道具を広げる。よく見るとタブレットに太極図のようなものが描かれており、それが三人の真ん中に置かれた。

 そして富士見は神藤にあるものを差し出す。


「これ、陰と陽の世界を行き来するためのネームプレート」

「え、あ、でも前回そのようなもの貰ってないです……」

「え? じゃあなんで陰の世界に来れたの?」

「私が勝手にシールを貼らせていただきました」


 上島が報告する。


「あ、そうだったの。神藤君だけ置いていくことにならなくて良かった。じゃ、今日からはコレでよろしく」

「あ、はい……」


 そういって神藤は、首から吊り下げるタイプのネームプレートを受け取る。

 ネームプレートを確認していると、富士見の準備は出来たようだ。


「こっちはOK。上島君は大丈夫?」

「タブレットと十字架の準備、出来ています」

「神藤君は何か準備しなくても大丈夫?」

「はい、大丈夫です」

「よし。それなら向こうに移動するよー」


 そういって富士見は呪文を読み上げる。その呪文は聞き取れないほど小さな声で発せられた。

 次の瞬間、目の前の景色がグラリと揺れる。それはすぐに収まったものの、相変わらず気分を害するような紫色の空が視界に入ってくる。


「それじゃあ行こうか。今日は代々木公園に集まってくる霊魂の無力化だよ」


 そういって富士見を先頭に歩いていく。

 ものの数分で霊魂が見つかる。前回遭遇した巨大な怪物ではなく、人間より少し小さな灰色の塊であった。


「それじゃあ、さっさと悪霊退散させていくか」


 富士見はスマホを取り出し、五芒星が描画された画像を表示させる。しかし、前回使ったものと少し形が違うようだ。


「我が式神よ、悪霊どもを退散させよ」


 すると画面が光り輝き、そこから光の波動のようなものが全方位に拡散していく。球状に広がっていく波動は、やがて小型の霊魂に接触する。その時、霊魂はまるで蒸発するように宙へ霧散していった。


「こ、これは……!」

「悪霊のみを攻撃する波動だよ。ああいう小さくて大量にいる悪霊の霊魂に対して使われることが多いんだ」


 神藤の疑問に、富士見は丁寧に答える。


「まだ小さな霊魂は大量にいる。今度は神藤君がやる番だね」

「えっ、自分ですか?」

「そうだよ? じゃなきゃ、君がここにいる理由が無くなっちゃうからね」


 存在理由が無くなる。その言葉に、神藤の脳裏に嫌な記憶が蘇る。


「……分かりました。無力化すればいいんですよね?」

「その通り。初めてだから慎重にやっていこう」


 富士見の応援もあり、神藤はゆっくりと霊魂に接近する。

 深く息を吐き、祝詞をあげる。


「中つ国より出でたる御霊、故に悪しきの穢れた手。今こそ祓えよ瘴気の體」


 神藤の手から、何か実体を伴った煙のようなものが出現する。それは近くにいた霊魂に接近し、そして灰色から白色に変化させていく。

 その様子を上島はタブレットで確認する。


「悪霊が無害化されていきます」

「うん。やっぱり神藤君は戦闘はそんなに出来なさそうだけど、無力化なら僕たちの比じゃないね」


 神藤は無力化した霊魂に触れて、それをフワリと空に向かって優しく飛ばす。白い霊魂は風船のように浮き上がり、天へと還っていった。


「……神藤君は優しいね」


 いつの間にか神藤の隣にいた富士見が、神藤に話しかける。


「優しい……んですかね?」

「そうだね。仕事の仕方と性格はよく似るものさ」

「それは……。自分はこれしか出来ないんです。だから、自分が出来ることを出来る限りにやるだけです」

「それが立派な大人ってものだよ」


 そんな話をしていると、上島のタブレットから警報音が鳴り響く。


「室長」

「分かっている。神藤君、先日無力化した怪物を覚えているかい?」

「はい」

「そのレベルの霊魂がこちらに向かってきている。実際に現物を見ないことにはなんとも言えないけど、もしかしたら強いかも。神藤君は下がって見学でよろしく」

「分かりました」


 そういって三人は少し移動する。上島のタブレットに表示されている探知レーダーを頼りに進むと、池の向こうに巨大な緑色の霊魂がいた。


「アレですね」

「アレかぁ。あのタイプは……、放置してると凶暴になって陽の世界にも影響を与えるタイプだね」

「では排除の方向で」

「うん。よろしく」


 そういうと、上島はタブレットと十字架を持って池のほとりへと向かう。


「え……? 池の中を突っ切って行くんですか……?」

「いや、あれで問題ないよ。上島君の火力はすさまじいからね」

「はぁ……」

「見てれば分かるよ」


 上島は水際のギリギリに立つと、右手に十字架のペンダント、左手にタブレットを持って霊魂と対峙する。

 そして上島はタブレットを操作して、あるラテン語の文章を表示させる。


「ぺトムによる福音書6章22節から25節」


 上島がそのように発言すると、タブレットから音声が流れる。


『父が求めるのは、全ての調和が取れた世界です。世界の均衡を崩すものは悪であり、それはすべて父に背く行為です。父のためなら、私は何人もの血を浴びましょう。そして、自らの手で自らを葬り去ります。』


 すると、上島が持っていた十字架が光り輝き、一直線に霊魂へとビームのようなものが伸びていく。

 そしてそれが霊魂に照射されると、霊魂は悲痛な叫び声を上げながら消失した。


「上島君の攻撃はかなり激しいものが多いからねぇ。あれでも3割くらいの実力だよ」

「あれで……?」


 神藤は思わず困惑してしまった。


(俺の全力に近い力を、あの人はいとも簡単に操れるんだ……)


 まさに、プロとアマチュアの関係のようだ。


「室長。この辺はこれで終わりです。探知レーダーにも反応はありませんし、問題ないかと」

「了解。それじゃあ今日のところは戻ろうか」


 そういって富士見は、三人の真ん中に太極図が描かれたタブレットを置き、呪文を唱える。視界がグラリと揺れ、人々で賑わう通常の代々木公園へと戻ってきた。


「それじゃあ帰って報告書でも書こうか」


 富士見がそう言って駅に向かう。30分もしないで事務室に帰ってきた。

 富士見と上島は、ノートパソコンに向かって事務作業をする。その様子を、神藤はときどきチラチラと見ていた。


(霊魂を浄化した時は達成感とかあったけど、上島さんがあの巨大な霊魂を倒したのに比べたらまだまだだ……)


 そして神藤は、一つの疑問に行きつく。


(俺がここにいる理由ってなんだろう……?)


 またモヤモヤしながら勤務時間を過ごすのだった。

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