誠人さんが血だらけの手で私を助けてくれた場面が、頭の中に浮かんだ。
私はその考えを振り払い、スーパーへ向かい、鶏肉を買って誠人さんのためにスープを作ることにした。私の作ったスープを好まないかもしれないけど、構わない。ただ、命を救ってくれたことにお礼を言いたかっただけだ。
スープが完成したのは、すでに夜の7時を過ぎていた。有佳は残業でまだ帰っていない。私はスープを食べた後、自分で作ったスープとおかずをお弁当箱に詰め、誠人さんのところに向かった。
昔、誠人さんと一緒に住んでいた頃は、毎食私が料理をしていた。彼はあまり食べない方だったけれど、彼の好みはよく覚えていた。
私はお弁当を持って病院に向かい、タクシーを降りた後、病院ビルのエレベーターに直行した。
誠人さんは12階にいるので、私は12階のボタンを押して、2分ほどでエレベーターが到着した。ドアが開くと、まさか麻美子とぶつかってしまった。
「山極さんは……誠人を見舞いに来たんですか?」
麻美子は私が持っていた弁当箱をじっと見つめながら、目を細め、意味深に笑った。
「天野さんが私を救ってくれたので、お礼のためにスープを作ってきただけです」
私は麻美子の物を見る様な視線に耐えられず、ここに来た理由を説明した。
「誠人がこれを必要としてると思う?」
麻美子は軽蔑するように私を見下ろしながら言った。彼女の鋭い言葉に、私は思わず震えた。
「それに、誠人はあなたを助けるために怪我をしたわけではないよ。ちょうど危険なところを見かけたから助けただけ。見た目は冷たく見えても、案外正義感の強い人だから。山極さん、余計なことを考えると困りますわ」
「その辺は柳下さんに教えてもらわなくても、分かっています」
麻美子が何を言いたいのか分かっている。私は拳を握りしめ、冷静な態度で麻美子を見返した。
麻美子は私に近づき、強烈な香水の匂いが私を気持ち悪くさせた。
子供がまだ生きていることを麻美子に気づかれないよう、吐き気を必死に抑えながら耐えていた。
麻美子の性格なら、私の子供が生きていることを知れば、再び手を出すに違いない。
「愛子さん、誰に屋上から突き落とされたか、分かっている?」
麻美子は綺麗な手で私の顎を持ち上げ、もう片方の手で私をエレベーターの端に押し付けた。
「私は何か麻美子さんに不愉快なことをしましたでしょうか?まさか君に命を狙われるとは思いませんでした。」
私は眉をひそめて、麻美子の顔を真剣に見つめながら答えた。
「あら、私があなたを突き落としたことを知っているんですね」
麻美子は私の言葉を聞いて驚いたようで、少し後退した。
私は麻美子が隠すことなく他人の命を狙っていることを堂々と認めたことに驚かされた。
「柳下さん、耳飾りが一つ落ちたこと、気づきませんでしたか?」
私は冷笑を浮かべて問いかけた。
麻美子は驚きながら自分の耳たぶを触った。その時、私は彼女が慌てふためくと思ったけど、麻美子はただ眉を上げて私に微笑んだ。
「ああ、それを拾ったんですね?」
「さすが柳下家のご令嬢、悪事をしても冷静でいられるんですね」
「愛子さん、耳飾りを持っているからといって、誠人の前で私があなたを殺そうとした証拠になると思っているんですか?」
麻美子は私に近づき、冷ややかな笑みを浮かべながら見下ろした。
「私はそんなに愚かではありません」
私は麻美子の嘲笑を受け流し、礼儀よく微笑んで目を伏せた。
「あら、やっと少し賢くなったのですね。誠人に近づくな。でないと、次は本当に地獄に落としてやるから」
麻美子は肩で私を押しのけ、階下に向かって去っていった
私は冷たい目で麻美子の背中を見つめた。このまま麻美子に傷つけられるわけにはいかない。麻美子は柳下家の力を信じている。たとえ彼女が私の命を狙っていることがばれても、何も恐れていない。
今私にできることは待つしかない。麻美子が罪を逃れることなく、罪を償う瞬間を待つしかない。
「社長から不要だとおっしゃいましたので、これをお持ち帰りください」
誠人さんの病室に向かおうとしたけど、ボディガードに止められた。
「一度でもいいので、誠人さんにお会いできませんか?」
私はボディガードに、誠人さんの怪我がどうなっているのか確認したいだけだと、必死になって頼み込んだ。
あの時、誠人さんが血まみれで手を怪我していた光景が、今も脳裏に鮮明に浮かんでいる。
「社長の指示です。山極さん、あなたは追い出されることになりましたので、お帰りください」
ボディガードは困った顔をして言った。
誠人さんは、もう私に会いたくないのだろう。