昼休み、塁は図書館の片隅でスマホを睨んでいた。
(記憶の“カケラ”を三つ探すって、どうやって!? この世界、ファンタジーって割には地味に現代社会だし……バトルとかないし……せめてスキル欄くらい表示してくれてもよくない?)
とはいえ、悠長にもしていられない。
建人先輩とのイベントは、ゲームで言うところ“恋愛分岐点ルート”に突入している。
笑顔、優しさ、距離の近さ。
すべてが「このまま付き合いますか?→はい/いいえ」の選択肢を求めてくる空気。
「ないよ!?“攻略される選択肢”なんて腐女子に存在しないから!!」
スマホに向かって一人騒ぐ塁。周囲の視線が痛い。
そこに聞き覚えのある声が飛んできた。
「おい、ルイ。そんなとこで一人で発狂してんなよ」
振り返ると、塁のクラスメイト――
「……志水。なんで晴翔の小学校のノートのこと、知ってるの?」
「あ? あんなの、昔アイツがよく見せびらかしてただけだろ。“おれの願いは一個だけだから!”ってアホみたいに」
「……!」
「けどさ」
そこで志水は表情を曇らせる。
「あいつ、ある日突然そのノートのこと忘れちまってた。“知らない”って言うんだ。しかも泣きながら」
「泣きながら……?」
「まるで、忘れたことに自分で気づいてんのに、思い出せないのが怖いみたいに、な」
塁の脳裏に、昨日見た晴翔の一瞬の陰りがよぎる。
(記憶の欠片は、晴翔が“自分から手放した”んじゃない。何かが、あの子の願いを――“願ってはいけない”っていう意思を、上書きしてる?)
「志水、お願い! 晴翔とちゃんと話してあげて。あの子、絶対ひとりで抱えてる!」
「……おまえ、兄貴っぽいな」
「今更!?」
するとその瞬間、空間がまた歪む。
目の前の景色がバチバチとノイズを走らせ、図書館の壁が一瞬だけ“空”に変わる。
「バグってる……!これはヤバいやつ……!」
スマホにメッセージが届く。
『条件1:晴翔の願いを“思い出させる”。失敗すれば、彼がこの世界から削除される。』
『そして、塁。言ってなかったけど――』
『君が転生者だって、バレたら即アウト。消えるのは君の方だよ?』
塁は、スマホを強く握りしめる。
(“脇役として静かに推しを見守る”なんて、もう言ってる場合じゃない……!)
(晴翔の笑顔も、推しのルートも、そして私の“生存フラグ”も、全部守ってみせる!)
この日、塁は本気で「世界と向き合う決意」をした。
しかしその足元では、静かに、別の“影”が動き出していた――。