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Quanji-04:迷惑デスネー(あるいは、澱む異世界/ワンカットヌガーライフ)


 そしてどうやらこれは。


「……さあさ、並んで並んで、ええのん出たらいいですねニャン♪」


 この頃流行りの「異世界転移」というものらしいことに、薄々は気づいてさらには実感してきた僕であるけど。夢でないということは先ほどから口の中を思い切り噛んだり、革靴を静かに脱いでから机の足目掛けて小指を引っ掛けるようにして蹴りを放ったことで確信していた。


 転移。日本国の人間が、異世界にその肉体およびパーソナリティを保ったまま突如瞬間移動するというアレか……そして僕が今まさに巻き込まれているのは、教室クラス全体がまるごと送り込まれてしまうという……アレか……そうであることは分かったけど、何でかはまったく掴めんよね……


「……」


 逡巡の僕を尻目も尻目に、間違った猫耳を有した「女神」がいそいそと取り出してきたのは、両腕で抱えるほどの大きさの、金属の籠状球体に数十の黒い「玉」状のものがぞろりと入ったものであり。


「……」


 嬉々としていつの間にか現れた「教壇」のような木製っぽい机の上にそれをどんと置くと、さあさあと行った感じで前の方に座していた生徒に促している……ぐるりと廻す把手ハンドルが付いていることから、ビンゴ的に多分それを回して玉を排出するのだろうことは分かった。分かったところでこの今の状況をどうと出来ることは無いだろうということも脊髄で感知することが出来ちゃったわけでもあるのだけれど。


 地面的なものを形成していた「ピンク雲」は、今や焚きすぎたドライアイスの過多演出が如くに、いい姿勢で座ったままの僕らの膝上くらいまで揺蕩いせり上がって来ている。何だろうこれ……本当に「演出」だったら要らないよね……


 そんな、少しでも目の前のことから目を逸らしたいばかりの僕であったけど、伏し目がちにしていた視界に、いやにぱさついた顔面がフェードインしてきたことに本能的にびびってのけぞってしまう。


「いよぅ……さっきはあんがとうよ。おめーさんは、割と信用に足る面子と見た」


 ほぼほぼ初対面ながらそんな独善と傲岸がグラデーションとなり複雑な色を醸してくるかのような言葉と声色でそう囁かれるのだけど。んんんん……僕ってこの手の輩の琴線を何故か震わせてしまうんだよねぇぇぇえ……どんなに!! 細心の注意にて、息を殺してそのガワを忍び足で歩いていてもッ!!


「……とりあえずあの猫神イカレには従順でコトを運ぶんだぜ……さっき喰らった何とかレーザー……後に残るダメージは不思議と無いんだが、着弾の瞬間には三途の河を走馬燈を乗せた灯篭流しみてえのが芋を洗うかのように過ぎゆく光景が脳裡によぎったぜ……アレはやばい」


 うん……何かもう仲間的な立ち位置スタンスの会話が為されてくるのだけれど……というか、「クラスごと転移」であるのなら、見知った面々であるはずなのに、この見慣れぬひょろい眼鏡坊主のほかにも、初見の人たちばかりだよね……何でだろう。


 そんな逡巡を、今度はまるで心の中を読み取ったように、笑顔なんだけど気持ちをざわつかせて来る顔をかっきと向けてくる猫耳。思わず恐怖で椅子から立ち上がりそうになってしまう僕。と、


「先ほども申し上げましたが……あなたがたは選ばれし『漢字戦士』、人呼んで『聖★漢闘士セカント』なのです……!! 故に……全国津々浦々の『珍名高校一年生』を集めた次第……ッ!! 変わった苗字だったら、その漢字とかに対して、少なからず興味を注いでるはずですものね? ね? ね?」


 猫神さまがのたまう一語句一文節のどれを取っても理解が及ぶところは皆目無かったけれど、僕をはじめとした四十何名がとこの、ああーなるほどぉ、というような追従100%の小声がさざめきとなってこのいたたまれない空間に伝播していく……しかし、


 それにしても「漢字」……か。それにしても「珍名」……か。


 周りの人の諦観や落胆とは真逆のベクトルの思考が、僕の中に実は渦巻いていたのであり。


 ……天下を獲る瞬間が、訪れたのかも知れない……


 カースト下部層であるところの、冴えない平凡未満の僕に、勝機が……訪れたのやも知れぬ……


 思わず寛永っぽい口調になってしまったけれど、漢検準一級保持者であるところの僕こと、愛咲アイザク 丹生人ニュウトの……


 ターンが、正に始まろうとしていた……

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