俺はしがない道具屋だ。親父から引き継いで二十年になる。ついこの間、息子二人が十五歳を過ぎて成人を迎えた。一人が店を引き継ぎたいと言ってくれている。
「ガルさん、聞いたよ! 息子さんがここ継いでくれるんだろう?」
この店を贔屓にしてくれていたA級冒険者のバンダさんが店に入るなり声を掛けてくれた。
入口からカウンターまでの間に棚が整然と並んでいて、全て俺の目で見て言いと思った様々だ道具が置かれている。例えば、保温魔法陣付きの寝袋や、結界傘などなどが並んでいる。
その物の間から顔を覗かせているバンダさん。
「そうなんですよぉ。俺はお役目ごめんですね」
「いいなぁ。まだ三十八だろう? セカンドライフってやつ?」
そんなことを考えたことがなかった。セカンドライフか……。これから何かできるものなのだろうか。
「はははっ。何かできればいいんですけどねぇ」
「冒険者とか?」
その問いに胸が高鳴った。冒険者。ずっと憧れていた職業だった。
俺がこの店引き継いだのは十八の時だ。親父が体調を悪くしたことで俺が店へ立つようになった。それまでは冒険者を目指していたが、家の為に夢を諦めたのだ。
「いやいや。何か考えてみますよ」
「ガルさんの力になるからね」
そう言ってくれる人が一人でもいるだけで、俺の心は温かい。バンダさんはいつも俺のことを気にかけてくれる。だからこそ、いいものを使ってもらいたいと思うのだけど。
小一時間ほど話すと帰って行き、一人になると先ほどのことを考えてしまう。
セカンドライフか……。
「あなたは、夢とかある?」
家へと帰って夕食を妻と一緒に作っていた時だった。急にそんなことを聞いてくるものだから、振り下ろした包丁で指を切り落としそうになってしまった。
なんとか指を退避させたので、切れたのは野菜だったが。
「えっ? 俺か? ミアは?」
「私はお母さんになるのが夢だったから、夢がかなってるの。あなたも、夢、あるんじゃないの?」
そう言われると俺にだってなりたいものがあった。
「冒険者かな」
「あら、いいじゃない。今から冒険者になれば?」
その言葉に俺は胸が高鳴り、それと同時に怒りが湧いて来た。ミアはなにもわかっていない。
隣で笑顔のミアに怒るのもどうかと思い、ちょっと怒りを鎮める。でも、言いたいことはちゃんといいたい。
「冒険者は、そう簡単になれる仕事ではない」
「ふーん。難しいから諦めるの? それは、夢っていうの?」
「なっ!」
なんてこと言うんだ。俺は家族の為に夢を諦めたんだ。そして、これまで全力で道具屋として働いて来た。休みなどほとんどないに等しかった。
だって、冒険者を支えなければならないから。いつ、道具を必要として切れくれるのかがわからなかったから。店を開けておきたかったのだ。
「あなた。これからは、自分の為に時間を使っていいのよ?」
自分の中へと光が差し込み、視界が開けたような気持ちだった。そういう言われ方をすれば、俺が動くとわかっているのだろう。
長い付き合いのミアは俺がどう言われれば動くか、言い方で動かなくなるという面倒な人なのを知っている。自分の為に時間を使う。俺がいなければミアは一人の時間ができる。ウィンウィンなのかもしれない。
「うん。そうだな。少し考えてみようかな……」
「道具屋は今週で引退なさい。後は、シュウに任せなさいな」
そんな急に言われたら俺もちょっと、心の準備ができていないのだが。
「あなた、善は急げよ」
「いや、それにしたって、冒険者は試験に合格しないといけないんだ。戦ったことがない。無理だ」
その言葉には、呆れたようにため息を吐いて腰に両手を置いている。何やら、呆れられている様子である。俺の何がいけないというんだ。
無理なものをやっても仕方がないだろう。みんなの笑いものになるかもしれない。
「はぁ。見損なわせないで? そんなに根性がない人だったかしら?」
根性だと?
おもしろいことをいうな。根性が一番あると言われた俺だったから、冒険者にだってなろうとしていたんだ。道具屋だって目利きを覚えるのには根性がいる。
細かいところをチェックして動かし方を確認したり、使い方を確認してよりいいものを買うようにしていたのだから。
「俺は、根性には自信があるぞ?」
「あら、だったら冒険者やればいいじゃない? バンダさんに相談してみたら?」
そりゃ、バンダさんに相談すれば力になってくれると思う。後は、俺が付いていけるかだ。
「ミアがそこまでいってくれるなら、ちょっと相談してみるわ」
「その意気よ!」
背中を叩かれて気合を入れられた。しかしなぁ、俺の腹は肉に支配されていて、ポコンと丘のように出ている。自分の視線をそのまま下ろすと足が腹で少し隠れている感じ。
こんな肉体で冒険者になれるんだろうか。俺なんかにできるのか。
だんだんと不安になり、あまりその日は寝ることができなかった。
次の日の朝。
ベッドから起きると着替えてバンダさんの住む宿へと向かった。こちらから出向いてお願いしなければ。何せ、A級冒険者なのだから。
朝日が背中へと降り注ぎ、温かい光が今の俺の気持ちを押してくれているように感じる。天も応援してくれているのかもしれない。
宿の人にお願いすると、奥の方へと消えていき、呼んできてくれた。
「ガルさん、どうしたんです?」
「バンダさん、折り入ってお話が……」
頭を下げると大きく息を吸い込んだ。
「俺を! 冒険者にしてください!」
頭を下げているため、バンダさんの反応はわからない。笑われるだろうか。呆れられるだろうか。それとも、無理だと諭されるのだろうか。
しばらくの沈黙の中、返事を待ち続けた。
「ガルさん、本気……なんですね?」
「俺の夢は、冒険者になることです。その夢を叶えたい。そして、あわよくば冒険者として働いてランクを上げてみたい!」
バンダさんの目を見つめて胸からこみ上げてくる熱い気持ちを語る。すると、真剣な顔で頷いたではないか。
「本気なんですね。わかりました。ついて来てください」
宿を後にするバンダさん。俺は、どこへ連れていかれるのだろうか。