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第2話 『神隱之災』

 祠が壊されてから、数日が経った。


 そのような事実は誰の耳にも届くことなく、ある中学校では卒業式が執り行われていた。


 卒業生153名、在校生447名、教職員33名、保護者251名、そして来賓10名。


 計904名。


 華やかなはずの卒業式に、不穏な空気が忍び寄ったのは、式典が始まってから3時間半後のことだった。


 一人の生徒が、体育館の隅に目をやると、自分の影が不自然にゆがんでいることに気づく。

 同時に、微かな硫黄の匂いがした。


 「ねぇ、なんか変……」と隣の友人に小声で告げる。


 他の生徒たちも異変に気づき、互いの顔を見合わせる。


 次第に鉄と腐肉の悪臭が鼻腔を突き刺し、吐き気を催すほどに濃くなっていく。


 天井の照明が心臓の鼓動のごとく明滅を繰り返す。







 悲鳴が上がり始めるまでに、それほど時間はかからなかった。









 体育館の扉が開き、血相を変えた教師たちが我先にと、渡り廊下へと走り込む。

 続けざまに、顔に深い傷をおった親たちが数名、それと、腕のとれかけた男児がよろめきながら現れた。


 その後ろには、誰もいなかった。


 空っぽの椅子と、剥がれ落ちた天井の漆喰のみ。


 まるで蒸発したかのように、忽然と人が消えたのだ。






 翌日――――。



 「近くの中学校で、神隠しがあったようだ」と誰かが言った。


 「またか」と、誰かが無気力に返した。




 ただの『神災』。


 日常の一部。


 古来より神々が試練として与えてきたこの現象に、人々はもはや慣れきっていた。






 世間はこの出来事を「不幸だった」と片付け、すぐに別の話題へと移っていく。




 テレビニュースでは、この事件は数分のローカルニュースで片付けられ、すぐに人気ドラマの宣伝映像が流れ始めた。




 ――――――



 ―――――――



 ふと外界に足を踏み入れてみれば、浦島太郎状態とはこのことか。


 人の世もだいぶ変わった。


 祠にこびり付いた苔と共に、この儂もまた、時代に取り残されてしまったようだ。


 それにしても。


「……900。やりすぎだ」


 薄汚れたアニメTシャツにヨレヨレのジャージ姿の青年がテレビのニュース映像を睨みつけながら、涅槃仏ねはんぶつのように寝転んでいた。


 「そこらの神も欲深くなったものだな。それか、単に頭がおかしくなったか……連れていくなら一人で十分……なぁ、お前もそう思うだろ?」


 モニターに映る自分に、ひとりごちる。



 ここに一人、いや、一柱。


 殺したわらべを器とし、祠の役目も兼ねさせる神がいた。




 現代の片隅に、人知れず生きることを良しとする祟り神。



 名を、血堕螺陀ちだらだという。

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