「フハハハハ!恐れおののけ人間ども!」
魔王は国会議事堂を体当たりで破壊したので土煙にまみれて埃だらけになっていたが、無造作にシュバっと腕を振るとちょっとした突風が巻き起こり、土煙も体に纏った汚れもきれいさっぱり吹き飛んだ。
「うーむ情報を聞きだすために一人くらい捕まえておくのだったな。まあいい、どうせなら少しは理知的な者を探して話を聞くとしよう。」
魔王は基本ポジティブなので反省はするが後悔はしないのだった。
「さてと、どこに向かうか。見渡す限り異様なほど高い建物だらけだな。高くすることになんの意味があるのだ?」
魔王城は山の頂上に空高くそびえ立っていたので、その言葉は割とブーメランだったが、双方の事情は異なっている。魔王城が権威を示すための巨大建築であったのに対して、高層ビル群は土地の狭い日本の土地節約術なのだ。
「魔王の奥義が1つ、今日の占いを使うか。」
それは一見ふざけた名前だが、的中率100%のすごい魔法だ。魔王の周りに運命力が集中し進むべき道を指し示す光となるのである。
魔王は光の指し示す方向を確認するとマントを翻して再び飛び上がった。
一方魔王による破壊行為を目撃し逃げ出した群衆は、方々に連絡したりマスコミが特集を組んだりとハチャメチャ大騒ぎだった。ソーシャルネットワークやニュースを通じて、魔王の存在は一瞬で世界に拡散する。そして日本の中枢が破壊されるという前代未聞のテロ事件に対して、様々な憶測が飛び交うことになるのだった。
魔王が超音速で飛行するとソニックブームでビルの窓がいくらか破砕したが、当の魔王はそんな事は意に介さず光の指す方へと飛び続ける。そして永田町からほど近い、千代田区郊外の大きな屋敷へとたどり着いた。
「ほほう、魔王城には及ばぬが豪邸と呼んで差し支えない見事な屋敷だ。ここに余が求める賢人が居るというわけか。」
屋敷には厳重なセキュリティが施されていたが、空を自由に飛び侵入する魔王にはまるで無力だった。なお、たとえセキュリティにかかったとしても、異世界最強の魔王を止められるものなど地球上には存在しないので、魔王がたまたまセキュリティをかいくぐってしまったのは警備会社にとっては幸運であったと言えるだろう。
魔王は魔法の光に従い屋敷の最奥に位置する棟の、ひときわ大きな窓の前にやって来た。
「真昼間からカーテンを閉ざし部屋に引きこもっているとはいかにも変人。しかし賢き者とは得てしてそういうものだな。」
魔王配下で最高の知性を持っていた賢者もまた、引きこもりの偏屈ジジイだったのだ。そして魔王は残念な頭をしているので、魔王の元居た世界が平和に統治されていたのは賢者による功績が大きい。ところで賢者は、魔王が混沌と戦乱を求めていたことを理解していたが、賢者自身は面倒は避けて引きこもりたかったので、あえて魔王の思惑は無視して平和な世界を作り上げたのだった。
そうとは知らぬ魔王は配下の賢者に匹敵する知者が居るであろうと、閉ざされたカーテンの奥に居る存在に若干期待しているのだった。すっごくかわいそう。
「オープンセサミー開けごまー。」
魔王の奥義が1つ鍵開けの魔法だ。意味が二重になっているが、賢者が魔王をちょっと馬鹿にしながら教えた魔法だから仕方がないのだ。そもそも高位の存在である魔王は、魔法発動に際して詠唱も呪文も必要ないのだが、賢者の言葉には素直な魔王であった。
静かに開かれた窓の向こうにはヘッドホンを付けてパソコンに向かう、ちょっと太めな、しかして小柄な女性の姿があった。彼女は魔王が入って来た窓に背を向けていたので、未だ侵入者には気付いていなかった。
一方魔王は侵入した部屋が散らかっており、想定以上に汚かったのでドン引きしていた。広い部屋の中には漫画雑誌や未開封のゲーム、そしてゴミが散乱しており典型的な片づけられないオタクの部屋といった具合なのだが、オタク文化など知る由もない魔王の目から見るといろいろカオスだったのだ。
「なんと混沌とした部屋であろうか。余の探し人はどうやら幽閉された要人であったようだな。賢者とは時に凡百の者どもには理解されぬものであるし、さもあろう。」
魔王は知った風な口をきいているが、実際彼自身が配下の賢者の考えを全く理解していなかったので、ある意味的を射た意見でもあった。
部屋に居た女性は窓から吹き込む風で髪が揺れてようやく異変に気付いた。彼女が振り返るとそこには身長2m体重100㎏を越えプロレスラーを思わせる巨体に、黒いマントをたなびかせ全身真っ黒なぴっちりスーツを纏った、ゴリマッチョのイケメンハゲが立っていた。魔王は見た目通り魔法を使うより殴ったほうが強い脳筋なのだが、どちらにせよ向かうところ敵なしだったので特に意味はない。
彼女は突然現れたデカいコスプレ外人に言葉を失い、とりあえずヘッドホンを外して立ち上がった。彼女は若干コミュ障気味ではあるが、そうでなくとも突然窓から侵入してきたマッチョなハゲにまともに対処できる者はあまりいないであろう。ちなみに、彼女がゆっくりと立ち上がって逃げる態勢を整えたのは無意識であったが、パニックホラー系の洋ゲーで鍛えた生存戦略の発露であった事は誰も知らない。ちなみに魔王からは逃げられないので、多少の心得があったところで無意味だ。
「さしもの賢者も状況が飲み込めぬと見えるな。長き幽閉の憂き目に遭っていたのならば仕方なき事であろう。まずは自己紹介といこうか。余は魔王である。」
(あれ?日本語が話せるんすね。という事は、さてはお父さんの差し金っすね。)
彼女はかなり勘違いしながらも状況を見極めてとりあえず落ち着いた。
(この間はひょろいイケメン勇者だったけど、今度は魔王っすか。見た目はちょっと好みっすけど、私は和製ファンタジーには興味ないっすよ!でもちょっと話を合わせておくっす。)
洋ゲーしかやらない謎の意識高い系オタクだった彼女は、洋ゲーのおっさん主人公を思わせるゴリマッチョの魔王に少し心揺らぐのだった。
「賢者って私の事っすか?」
「然り。余の魔法が指し示したのだ。この世界の情報を聞くのにふさわしい人物としてな。」
「この世界って事は異世界から転移してきた魔王なんすか?」
「いかにもその通りである。やはり賢者は話が早いな。」
(和製ファンタジーかと思ったら、流行りもののネット小説だったでござるの巻。お父さんはオタクに対する偏見が酷いっすね。私は硬派な洋ゲーマーっすよ。)
別に洋ゲーは硬派ではない。それはさておき、彼女がこの異常事態を別の物と勘違いしているのは、引きこもりである彼女を部屋から連れ出そうとする父親の健気な奮闘のせいである。
彼女の名前は
そして彼女の父である現望月財閥総帥は引きこもりの娘を何とか外に出そうと、これまでにも様々な刺客を送り込んでいたのだった。それゆえに彼女は魔王を父からの刺客だと勘違いしているのだ。
「こういうのは普通お姫様を攫う場面にするんじゃないっすかね?私は姫って柄じゃないっすけどね。」
「場面?何を言っているのだ賢者よ?」
真央の推測など当然知らない魔王は首をかしげて聞き返したが、真央の方はすっかり強火のコスプレイヤーを相手にしたロールプレイ気分で話を続けるのだった。
「賢者は恥ずかしいからやめて欲しいっす。私の名前は望月真央っすよ。真央と呼んで欲しいっす。」
「なるほど、身分を隠す必要があるというわけか。ならばマオと呼ぶことにしよう。」
魔王は勝手に真央あらためマオの事情を深読みして納得したのだった。
「魔王様はなんて名前なんすか?」
「余に名前はない。世界がまだ混沌そのものであった頃より存在する余に、名を付けるものなどいなかったのでな。人は余を魔導を極め頂点に立つ者、すなわち魔王とそう呼んだのだ。」
「いや魔王っていっぱい居るしいろいろ支障があるっすよ。無いなら名前付けてもいいっすか?」
マオは某大作ファンタジーやドラゴンをアレするクエストなんかを想定しつつ、名無しの魔王に提案したのだった。
「なんと、この世界には余以外にも魔王が居るのか?にわかには信じがたいが、マオがそういうのであれば事実であろう。であれば名を頂くのもやぶさかではない。」
「了解っすよ。魔王と言えばおじいちゃんの名前でもあるノブナガ・・・いや和名は似合わないっすね。それなら魔王様の名前は今からルシファーでどうっすか?神の敵対者サタンの別名だったり、グリモワールの頂点に立つ支配者の名前だったりするっすよ。」
「グリモワールは知らぬが、神の敵対者か。破壊と混沌を望む余の名に相応しいではないか。ありがたくいただくとしよう。」
「それじゃあ、改めてよろしくっすルシファー。」
「余を呼び捨てにするとは・・・いや、他にも魔王が居るのならば情報は秘匿する方が賢明か。やはり魔法が示した通りマオは余に相応しい賢者であったようだな。」
こうしてお互い勘違いしたままの残念な2人の物語が幕を開ける。
魔王降臨の章 完