魔王は自らの大魔法で召喚した転移ゲートを抜けると、そこは絶賛国会開催中の日本の国会議事堂だった。
「ひとまず成功か。どこだここは?」
突如出現した魔王に場内は騒然となったが、何かの演出だとでも思ったのか逃げ出すものは居なかった。
「人間が集まっているのか?何をしているのか知らんが年寄りばかりだな。空席も目立つし重要な会議ではないようだな。」
魔王の言葉は異世界の言語であるため、その場に居た誰にも理解されていなかったが一人の議員が怒りの様相で魔王に歩み寄っていった。議員はギャーギャーと喚き散らしているが魔王にはもちろん日本語は分からない。
「やれやれ、何を言っているのか知らんが彼我の実力差もわからん原始人の世界だったか。ハズレだな。」
魔王は別の世界に行くために再び転移ゲートを召喚しようとしたが、無視されて怒った議員が魔王の腕に掴みかかったので魔法を止めた。
「気やすく触れるな。」
魔王が掴まれた腕を軽く払うと、議員の手首から先がコロンと床に転がった。
議員は手首から血を吹き出しながら床を転がりまわって失神した。
「えええええ!?脆すぎだろ羽虫かよ!」
魔王は地球人の虚弱な肉体に驚きすぎて若干素が出てしまったが、幸い誰にも言葉は通じていない。
倒れた議員に場内は騒然となり、これが演出ではないれっきとした事件であると誰もが気づく。
議員たちは我先にと逃げ出し議事堂内には魔王と倒れた議員だけが残った。
「おお!この感じ懐かしいな。やはり魔王は脅威でなければならぬ。世界の支配者などさっさと辞めるべきだったな。」
かつて世界中の街を破壊して駆けまわった日々を思い出し、魔王はしばし感慨に耽った。
しかし同時に、平和な世界で堕落し魔王に対する敬意すら失ってしまった魔人を思い出して若干イラっとするのだった。
さっさと次の世界へ行こうとしていた魔王だったが、逃げ惑う人々を見てかつての栄光の日々を思い出し、少しだけ気が変わったのだった。
「さてと、触れただけで手が取れるとはなんと脆い生物だ。状況が読めんしまずはこいつに話を聞くとするか。」
魔王は倒れた議員に回復魔法をかけて怪我を治し、言葉が通じるように翻訳魔法を自身に付与した。
「起きろ脆弱種族。」
魔王が触れると殺しかねないので、水の魔法で水滴を垂らして議員の耳にかけた。
魔王の奥義が一つ、寝耳に水である。
議員はたまらず跳ね起きて魔王と対峙する事となる。
「言葉は通じるか老人よ?」
「はいすいません!」
「何を謝っているのか知らんが、言葉は通じているのだな?」
「はいすいません!」
「馬鹿にしているのか?まあいい。余の質問に答えろ、ここはどこだ?」
「ここは日本の国会です。すいません!」
「聞き方が悪かったか、この世界はどういう世界なのだ?」
「この世界?どういう意味でしょうか?」
「どうやら異世界の存在すら認識できない下等種族のようだな。話にならんな、やはり別の世界に行くか。」
魔王が再び興味を失い転移ゲートを召喚しようとすると、外からパトカーのサイレンが響き渡った。
「テロリストに告げる!すぐに人質を解放し投降しなさい!」
警察が拡声器を使い魔王に対して警告を発した。
「あれはなんだ?余に対して言っているのか?」
「はい!あれは警察です!えーと日本の自治組織です!」
「テロリストがなんなのかは知らんが、魔王たる余に指図するとは命が惜しくないようだな。」
「魔王?」
魔王は若干頭が残念なので、見も知らぬ者から命令されるのが大嫌いだ。
「それに人質だと?余が愚劣で下等で脆弱な種族に対して、策を弄するなどと思われているのか?」
「すいません許してくださいなんでもしますから!」
「貴様はなかなか分かっているようだな。命だけは助けてやろう。」
「はいありがとうございます!」
「だが外の連中にわからせてやる必要があるようだな。」
魔王はマントを翻しながら空を飛び、国会の壁をぶち抜いて外に出た。
魔王が空中から見下ろすと警察とマスコミ、そして野次馬が集まってちょっとした集団を形成していた。
突如出現した空飛ぶ魔人に集団は騒ぎだしたが、スマホやカメラを向けて魔王を撮ろうと必死なだけで逃げ出すものは居ない。警察も逃げ出しはしないがあまりの事態に呆然と立ち尽くしている。
「なぜこいつらは逃げないのだ?建物内での老人達も最初は逃げなかったが、知性がある生物とは思えんな。」
魔王が空中からしばし様子を眺めていると、先ほど話を聞いた議員が建物から逃げ出したのが見えた。
「愚鈍極まる者たちに恐怖を教えてやるとするか。」
魔王は誰も居なくなった建物上空に飛び上がり、急降下して体当たりした。
国会議事堂消滅!