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ep1.2 魔王、ネトゲに興味を持つ

「ちょっとトイレに行ってくるっす。ルシファーはゆっくりしてて欲しいっす。」

 マオは魔王と対話するうちに、開けっぱなしの窓から吹き込む風で少し冷えてしまったので、尿意を催したのだ。

「承知した。」

「そこら辺の物触って壊しちゃダメっすよ。」

「留意している。」


 魔王に釘を刺したマオは自室の大きな扉を開いて廊下に出ると、室内の魔王を一瞥してからトイレへと向かっていった。


 ところでマオは女性らしさとか情緒がまるでないので、お花を摘んだりしないのだった。


 マオを見送り汚部屋に一人取り残された魔王は、静かに独り言を呟き始めた。

「マオは幽閉されているのかと思っていたが、屋敷内を自由に歩き回ることができるようだな。どうやら先入観から思い違いをしてしまっていたようだな。マオが戻ったら状況を詳しく確認しておくか。」


 双方の認識に齟齬があると気づいた魔王だったが、根本的に勘違いしている事にはなかなか思い至らないのだった。


「さてと、マオが言う通り触れるたびに物を壊していては話にならんな。魔法で強制的にセーブするか。力加減の魔法・フォースリダクション。」


 魔王は自身に弱体化魔法をかけて対物破壊能力を制限した。


「これでよい。」


 魔王は魔法の効果を確認するために、試しにパソコンのマウスを操作してみると、狙い通り破壊することなく扱う事が出来たのだった。


 魔王の文明レベルが上がった

 かしこさが1上がった

 ちからが5億万ポイント下がった

 やさしさが身に染みた


「しかし何とも歪な世界だな。魔法を扱えぬ者でも使えるというこのコンピュータ―は、余が支配していた世界にはなかった高度な物だ。一方でこの世界の人間達は弱く脆く愚かなように感じられる。賢者であるマオは別であるが、高度な技術はむしろ人間を堕落させるのか?」


 引きニートでゲーマーオタクな真央はむしろ堕落の最前線なのだが、魔王にそんなことは分からない。



 そうこうしているとマオがトイレから帰って来た。


「戻ったっすよー。あれ?私のパソコン触ってたんすか?」

 マウスを掴んで操作している魔王の姿を見たマオは、入室して扉を閉じつつパソコンモニターを見つめる魔王に声を掛けた。

 すると魔王はマウスを手放し、マオに向き直ってこれに応えたのだった。

「ああ、力加減に関する問題は解消された。」

「そうみたいっすね。ところでパソコンに興味があるんすか?」

「うむ、余は魔法で大概の事はできるのだが、興味がないと言えば嘘になるな。」

「そういう事ならルシファー用のパソコンを用意するっすよ。」

「これほどの魔道具が簡単に手に入るものなのか?」

「まあ物によるっすけど、こどもでも最近は持ってるっすよ。最近の子はスマホばっかり使ってるから、パソコンはむしろ使わないかもしれないっすけどね。」

「スマホとはなんだ?」

「持ち運べる小さいパソコンみたいなもんっすね。これっすよ。」


 真央は机の上に放置されていたスマホを拾い上げて魔王に見せるのだった。

 特に話とは関係ないが、彼女にはネトゲ仲間以外の友人が居ないのでスマホはここ数年鳴っていない。


「こんな小さな物がそのパソコンとやらと同じ性能を持っているのか?さらにこどもにまで普及していると・・・この世界は余の想像をはるかに凌駕した文明のようだな。これならば期待が持てるというものだ。」


 ブツブツと独り言と共に何やら考察している魔王をよそに、マオの方もまた口にこそ出さなかったが、一人で思考を巡らせるのだった。


(ついつい普通に話してたっすけど、この人お父さんが雇った役者さんっすよね。なかなか私を外に連れ出そうとしないっすけど、どういう意図なんすかね?ちょっと探りを入れた方がいいっすね。)


 藪蛇になるかもしれないと警戒しつつも、マオは魔王に真意を確かめるために意を決して声を掛けた。


「それでルシファーは具体的には何がしたいんすか?」


 探りを入れると言いつつも、引きニートである彼女に高度な話術の心得などないので、どストレートな質問をするのだった。


「余の望みは破壊と混沌だと言ったであろう。」

「それは分かったっすよ。具体的には何をしたいんすか?」

「具体的にと言われると答えに困るのだが、もう支配には興味が無いな。あれは退屈なだけだ。」

「魔王って大概なんでも支配したがるもんっすけど、ルシファーは違うんすね。」


 マオの言うところの一般的な魔王観は、ゲームや小説に登場するボス敵に対する印象であり、もちろんルシファー以外の実在する魔王を知っている訳ではない。

 そうとは知らない魔王ルシファーは、賢者の問い掛けを真面目に受け取り、しばしの沈黙の後にゆっくりと返答し始めたのだった。


「余が求めているのは刺激なのだ。今にして思えば余が元居た世界で旧支配者たる人間を退けたのは、闘争こそが最も刺激的な娯楽で有ったからだな。結果としてすべてを支配し世界が退屈なものとなってしまったのは残念であるが、闘いに明け暮れたありし日々を忘れたことは無い。」

「つまり戦うのが楽しいから好きって事っすか?それなら命懸けで本当に戦わなくても、ゲームでもいいんじゃないっすか?」

「ゲームとはなんだ?」

「これっすよ。」


 マオは椅子に座りパソコンを操作してモニターにFPSのゲーム画面を開いて見せた。


「先ほどの風景であるな。これがどうしたのだ?」


 魔王は彼女の肩に手を置き背後からモニターを覗き込んだ。真央は見た目が幼女なので、マッチョなハゲが覆い被さる絵面が少々犯罪的だが、魔王にもマオにもその気はないので実際健全だ。


「ちょっと近いっす。暑苦しいっすよ。」

「離れていてはよく見えぬではないか。」

「えー?しょうがないっすね。ちょっとプレイするから見ててください。」


 マオはネット対戦のFPSゲームを実際にプレイして、その様子を魔王に見せた。

 マオは廃課金な上に暇に明かした長時間プレイヤーなので、操作キャラは環境ビルドと呼ばれる最強装備に身を包んでおり、加えて腕前も上級ランカー相当なので、フリーマッチングの対戦には難なく勝利した。


「よし勝ったっす!」

「これは人が人を殺しているのか?」

「本当に殺してるわけじゃないっすよ。現実じゃなくてゲームっす。ゲームって言うのは、いざ説明するのは意外とめんどうっすね。」

「ほう、模擬戦闘をおこなっているという事か?」

「え?まあそんな感じっすね。軍隊でも実際にゲームを訓練に使ってるとか、都市伝説レベルで聞いたことがあるっす。」

「マオはまるで強そうではないが、このゲームとやらの中では強いのだな。」

「実際の強さは関係ないっすよ。私は廃課金で装備を整えてるから、ある意味リアルの力っすけどね。」

「なるほど。同じ能力の者同士で技術を競う遊びというわけだ。これならば強すぎて相手が居ないという事も無いな。」

「そうっすね。ゲームの中ならみんな平等っすよ。ルシファーもやってみるっすか?」

「うむ、やってみよう。」


 最強の魔王はネトゲに興味を持ったようです。


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