―――あらすじ
ネット対戦型のFPSゲーム『マーセナリー』をプレイした魔王だったが、地球の優秀なソルジャーに初戦から敗北してしまう。
最強の力を持つ魔王にとって戦闘で敗北するのは初の体験だが、ゲームの奥深さに触れてさらに興味を深めていく。
何度かの対戦を経て徐々に戦えるようになっていく魔王は、人間は経験によって少しずつ強くなるという事実を知る。
そして根本的に肉体が弱いながらも、道具や戦術を駆使し工夫して戦うという人間の可能性に注目するのだった。
―――あらすじ 了
「結構様になってきたっすねルシファー。」
「いまだ勝利には手が届かぬがな。」
「まぁそこは相手が強いっすからね。」
魔王は廃課金トッププレイヤーである真央のアカウントを借りてプレイしているため、マッチングする対戦相手もまた上位ランカーが主体である。
「結構な時間プレイしてるし少し休憩したらどうっすか?」
「余に疲労は存在しないのだが、マオがそういうなら休憩を入れるとするか。」
「操作技術の向上には場数を踏むのが重要っすけど、対戦結果の分析も大事っすからね。闇雲に戦い続けても戦術は身に付かないっすよ。」
「余はおよそ苦戦するなどという事がないだけの力を持っている。ゆえに戦術というものを知ってはいたが、実際に体感したのは今回が初めてだな。」
「ゲームでは肉体的な能力の差はないっすからね。武器の性能とかも大事っすけど、一番大事なのは相手の戦術の裏をかく頭脳戦なんすよ。」
「人間の戦い方はなかなかに多彩であり、個人ごとにまるで違うのだな。ただ芯となる技術は同じであり上位の者たちは一定の水準に至っているのも事実。その先にあるのが戦術を駆使した頭脳戦というわけか。」
「そうっすね。何も考えないで戦っても上位ランカーは初心者なら瞬殺できる技術を持ってるっす。」
「やはり余も新規アカウントとやらを作り、新兵から鍛えなおすべきなのかもしれぬな。」
「それはいいっすね。ルシファーが別垢を作れば私とチームを組んでマルチもできるし、ソロとは違う戦いも学べると思うっすよ。」
「それは興味深いな。」
魔王は純粋にゲームを楽しんでいるのだが、それでも着実に人類の戦闘技術や戦術に対する理解を深めているのだった。
またチームを組んだマルチバトルともなれば戦略性も生まれるため、さらなる知識を得ていく事となるだろう。
遊びであるゲームと命を懸ける現実の戦争は違うとお思いの方もおられるであろう。
しかし魔王は現実でも無敵の力を持っているため、実際の戦争であっても命を懸けるなどということは無い。
それゆえに魔王にとってはゲームも戦争も遊びに過ぎず、そこに差異は存在しないのだ。
――――ところ変わって望月邸玄関前
真央たちがゲームを小休止して談笑している頃に、一台の高級車が慌ただしく屋敷へと走って来た。
車は玄関の前で急停車すると、運転手が扉を開くのを待つことなく一人の男が車から降り立った。
「おかえりなさいませ旦那様。お早いお帰りですね。」
「ああ、ただいま。真央は居るかい?」
「はい。いつも通りお部屋に籠っていらっしゃいます。」
「そうか。」
屋敷のメイドから真央の現況を聞き、その男は安心して肩をなでおろすのだった。
彼の名は望月秀吉。現望月財閥総裁にして真央の父である。
テロリストにより国会議事堂が破壊されたというニュースを聞き、議事堂のすぐ近くに有る我が家へと急ぎ戻って来たのだ。もちろん引きこもりの娘を心配しての事である。
当の娘は国会議事堂を破壊した張本人と遊んでいるのだが、彼がそんなことを知る由もないので娘の無事を聞いて安心したのだった。
「せっかく帰ってきたのだし、真央の顔を見ていくか。」
秀吉は軽い気持ちで娘の部屋へと足を運ぶのだが、そこにはもちろん魔王が居る。
魔王と秀吉。2人の男の戦いが今、静かに幕を開けようとしていた。
――――場面は戻って真央の部屋
魔王と真央はゲームに関する話を続けている。
「一緒にプレイするならもう一台パソコンが必要っすね。さっそく手配するっすよ。」
「このパソコンという装置はそんなに簡単に手に入るものなのか?」
「今は通販が有るっすからね。注文すればすぐっすよ。まあうちは財閥の専用販路が使えるんで通販とも違うんすけどね。」
何の気なしにお嬢様ポイントをアピールしてしまう真央だったが、魔王にはよくわからない事なので別に嫌味に聞こえていないのは幸いか。
「よくわからんが頼むぞマオよ。」
「頼まれたっすよ。」
真央はさっそく通販サイトを開き注文を始めるのだった。
「マーセナリーは要求スペック高いっすからパソコンはハイエンドパーツで固めるっすよ。」
「なるほど、パーツを自由に組み合わせることができるのだな。ゲームの装備選択のようでなかなか楽しそうではないか。」
マーセナリーの装備購入画面は大手通販サイトと提携して、同一のユーザーインターフェースが用いられているため、ゲームをプレイ済みの魔王には見慣れた画面が展開されたのである。
一方マオは、広く浅く色々と手を出しているタイプのオタクだったので、パソコンも自作にこだわっており、魔王がパソコン自作に興味がある風な言葉を発したのを受けて、布教チャンスを見つけてテンションが上がっていた。近年タッチパッドやスマートフォンに役割を奪われて、パソコン自体が斜陽産業であるため、自作沼に引き込む生贄は常に募集中なのだ。
「ルシファーは見かけによらず話が分かるっすね。ついでなんで私のパソコンも買い替えるっす。上位ランカーともなるとパソコンの性能差が勝負を分ける事も有るっすから、常に最善の状態を保つのがゲーマーのたしなみっす。」
「試合が始まる前から戦いは既に始まっているというわけか。勝負は準備が8割ということばもあるがこういう事であったか。」
「まあそういう事っすね。」
(ルシファーはなんで諺についてだけは堪能なんすかね?キャラ設定がつかめないっす。)
真央は2台分のパソコンパーツと、ついでに魔王用の大きな椅子と机をカートに追加して注文を確定するのだった。
「これでよしっす。在庫は有ったっすから1時間もすれば到着するっすよ。」
「誰と話すこともなく買い物ができるとは便利なものだな、この通販というやつは。」
「そうっすね。通販が無かったら引きこもり家業は務まらないっすよ。」
引きこもりは仕事ではないが、ともあれ通販の便利さを知った魔王なのだった。