―――あらすじ
支給品装備で身を固めた魔王とマオの二人は、さっそく新装備の使い勝手を試すために、一対一の対戦を行うことにした。そして傭兵組合本部のすぐそばに併設された演習場に移動し始めたのだった。
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二人がゲームを開始したのが陽が落ちる夕暮れ時、時間にして午後5時少し前くらいの事で、それから1時間ほど開始地点の受付ロビーで新人ミッションをクリアしたり、装備を整えたりと足踏みしていたため、演習場へと向かったのは午後6時に差し掛かろうという時間帯であった。
この時間帯になると、学校や会社帰りの日本人プレイヤーが次第にログインしてくるので、それまで英名だらけだった道行くアバターの顔ぶれに、日本名がちらほらと混じり始めていたが、未だ外国人プレイヤーの方が断然多いと言った人口比率であった。
市街地を歩く中で、魔王はある事が気になったのでマオに声を掛けた。
「町ゆく人々は、誰も彼も似たような背格好で、同じような服装の者が多いな。」
そう言いながらきょろきょろと周囲を見回してふらふらと歩く魔王に対して、マオは魔王に視線を固定しまっすぐ歩きながら答えた。
「そうっすね。キャラメイクの時にも話した気がするっすけど、デフォルト設定の体型がゲーム的に一番バランスがいいと言われてるっすから、そのままでスタートする人が多いんすよ。装備構成に関しても長い年月で培われてきたセオリーがあるっすから、強い構成を組むとなると、どうしても被ってしまうっすね。」
その答えに魔王は納得した様子で頷くと、さらに続けた。
「ふむ、身体能力・装備ともに、ほとんど同等の条件を備えた兵士達というわけだ。ハード面で優劣が付かない以上、ソフト面、つまりはプレイヤーの腕前と判断力がモノを言うわけだな。」
魔王の考察に同意しつつも、マオはさらに補足する形で言葉を加えた。
「一対一のソロ対戦や、二対二のデュオ対戦みたいな、正面切っての真っ向勝負をする場合なら、その通りっすね。これが分隊以上の集団同士の戦闘になると、有利地形に誘い込んだり、罠を張ったりと言った、単純な正面戦闘に拠らない戦略的な攻防が発生するので、プレイヤー個人の技術が勝負を決するとも限らないっすけどね。」
「なるほど。いずれは集団同士の戦闘にも参加してみたいものだな。」
魔王はそう言うと、にやりと悪役っぽい笑顔を浮かべた。
「いずれはクラン戦に参加したいっすけど、まずはソロとデュオの対戦で、操作方法に慣れるのと、正面戦闘での駆け引きを覚えるのが先っすね。」
マオはそう言うと演習場へと向かう足を速めた。低身長なマオのアバターは、歩行速度も相応に遅いため、思ったよりも移動に時間がかかってしまい、少し気が急いていたのだ。
ゲームの仕様上、ガチムチマッチョ高身長男性アバターが圧倒的に戦闘面で優位であり、フィジカルゴリラしか勝たんので、ほとんどのプレイヤーのアバターがまるで同一規格で製造されたクローン兵の様に似通った背丈をしている。そんな中で幼女姿のマオのアバターはセオリーに真っ向から叛逆しており、言うなれば遊ぶゲームを間違って迷い込んだ珍獣の様なイレギュラーであった。
そんな彼女が、すれ違うプレイヤー達を思わず振り向かせる注目の存在となるのは当然の帰結と言える。
今やすっかり型に嵌まった、ひとかどの傭兵然としている一般通過プレイヤー達であっても、かつては誰もが新人だった時期を経て現在に至っている。そして、彼らの中にはマオと同じ轍を踏んで、キャラメイクのセオリーを外した女性アバターを使ったり、低身長、あるいはやせ細ったアバターでゲームを開始した者達も少なからず存在していたのだ。しかし、彼らは能力的に不利となる条件でのゲーム進行に不自由を感じて、結局ゴリマッチョを作り直したという、概ね共通した経験があるので、新人装備に身を包んだ幼女の姿にかつての自信を重ねて、勝手にシンパシーを感じていたのだった。そんな彼らは、この後絶望するであろう幼女の中の人の未来を、まるで見てきたかの様に予想できたので、過去の自分を見る様なむずがゆさと憐憫とを合わせた、生温かい目で見守るのだった。
ところでマオは、いちいち二度見してくる他プレイヤーからの好奇の視線に気付いていたが、ほかならぬ最古参のプレイヤーである彼女自身も、幼女姿の新人がそこらを闊歩していたら、思わずガン見してしまう自信があったので、彼らのぶしつけな態度にも寛容な気持ちでスルーを決め込んでいた。
ここで一つ注意喚起しておくと、一言の挨拶も無しに興味本位で他人をじろじろと観察する行為は、現実は元よりゲームの中であってもマナー違反である。相手次第ではハラスメント認定されて、害悪プレイヤーとして運営に通報されかねないグレーラインの行動に当たるので、せめて当人に認知されない様に行おう。他人を不快にさせない心がけがマナーの基本である。
そうこうしているうちに、魔王とマオの二人はお目当ての演習場へと到着したのだった。そして二人はさっそく施設の利用申請受付窓口へと足を運んだ。