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第6話 6、叔父の執着

あと、頼れるのはあの男だ。

 父さんの弟、つまり叔父だ。


貸すことに何ら問題は無いだろう。金だけは持っている。

だが、絶対に条件を言ってくる。絶対に連絡するなは、父さんからきつく言われていた。

だったらさ、なんかもっと現金残しといてくれよ。


公園に入って、ベンチに座る。

子供が3人、楽しそうに遊んでいた。

子供の時から、いい思い出はなかった。

家なんて最悪だ、嫌な記憶で覆い尽くされてる。でも、別荘だけは違った。


母さんの記憶はボンヤリしていて、クリームコロッケが妙に記憶に残ってる。

別荘の白いキッチンで、ホワイトクリームが難しいって、何度も失敗しては笑っていた。

父さんはシャンパン抜く時、シャンデリアのライトカバーを一つ割って笑ってた。

別荘には、そう言う思い出が沢山残ってる。


「キャーアハハハハ! 」


無垢な子供の声が、今はひどく辛い。

こっちは地獄の底だ、ろくな人生じゃない。

あの事件のあと、追い立てられて、何でも屋を雇って必死で中を持ち出した。

それでも家具まで手が回らなくて、期限が来ると、もうそれまでだった。

骨董屋のウインドウで、うちの飾り箪笥見つけた時は、ショックで気持ち悪くて吐いた。


そうやって、持ち出せなかったものを奪う為に家に入れて貰えなかったんだと思うと、人の悪意に吐き気しかしなかった。

別荘の中は実家から持ってきたものがそのままある。

怖い。

また追い立てられて、これ以上思い出を失ったらどうしよう。

きっともう耐えられない。

何にも無くなっちまう。

俺の心の支えが何もかも無くなる。

足下に、大きな穴が空くようで怖い。


泣きそうになって、ギュッと目を閉じて大きく息を付く。


ミツミ、君の名刺にあの会社の名前を見て、何か聞き出せるかもと言う下心が湧いた。

でも、君は普通にただの友達だった。

ミツミ、俺がどん底で彷徨っているのはお前のせいじゃない。

俺が悪いんだ。全部俺が。


借金なんて、人を疎遠にさせる。

俺は嫌と言うほどわかったよ。

誰も頼れないなんて、考えたこともなかった。別荘だけは、別荘だけは死んでも守らなきゃ。


震える手でスマホを持ち、着信履歴からかけた。

コールが鳴って、あいつが取る。

怖くて思わず、録音ボタンを押した。


『 なんだ 』


「美里だ、一千万貸せ。」


怖くてゾクゾクする。こいつの声なんて聞きたくも無い。

でも、頼れるものが他になにも無いんだ。誰も、助けてなんかくれない。

一千万だ。一千万があれば、別荘が守れる。

頑張れ、頑張れ、頑張れ美里。


息が上がる。ゴクリとツバを飲む。

電話を落としそうになって、握りしめた。


しばし返事がなかった。

やがて、含み笑いが聞こえてくる。

本当にこいつは、異常で怖い。なのに社長なんかやってる、世の中おかしい。


『やっと頼る気になったか。条件があるのはわかっているだろう? 』


「俺はもうガキじゃない、あんたの好きにはさせない。」


『お前のことは全部知っているぞ。

最近高校の同級生と付き合ってるだろう。寝たのか? 』


「彼は友人だ、自分を基準に物言うな。」


『あんなに親しいのに?

ドーナツ屋で重ねる逢瀬か。人にはゲイなんか死ねと言いながら、ふざけた奴だ。』


「人を使って監視するな! 」


『ずっと見てるよ、美里。

ずっと、電話を待っていたんだ。その男と別れて私の愛人になれ。それが条件だ。』


ああ、限界だ。ゾッとする。吐きそうだ。

父さん、父さん、母さん、助けて!


「本当に気持ちの悪い男だな。

俺は男だぞ? あんたなら女は囲い放題だろ? 夜中追ってくるのあんたか? 」


『それは、確認する。私は腐ってもお前の叔父だ。同意なく加害する気は無い。』


「腐ってる自覚はあるのか、小学生の俺が同意なんてした覚えはない。

家を追い出されたくせに、中学になっても何度も待ち伏せしやがって、俺がどれだけ怖かったか知らないだろ。

その口でよくほざくな、犯罪者。」


『 若気の至りだ。

わかった慰謝料だ、愛人の話は無しにしてやる。ただし、1度やらせろ。最後までだ。

子供が出来るわけじゃない、しばらく尻が痛いだけだ。

お前次第では快楽も得られる。悪い経験じゃないはずだ。それで一千万やろう。気が向いたら連絡しろ。』


ああ、ほんとうに。

なんてひどい奴だ、何でこんな奴がのうのうと社長なんかやってるんだ。

なんで父さん、あの時に警察に行ってくれなかったんだ。


「気持ち悪い。なにが悪い経験じゃないだ。

どの口がほざくんだ、気持ち悪いんだよ。

ほんとに、なんで執着するんだ、気持ち悪いんだよっ!

キモい、キモい、汚い手で俺に触るな! 」


電話を切った。

気がつくと涙がボロボロ流れて、子供がビックリした顔でこちらを見てる。

袖口で涙拭くと公園を出た。


叔父の正輝は、小学校まで同居していた父さんの弟だ。

幼稚園の時からいたずらされた。

ただ身体を触られていた頃は、叔父が何をしているのかわからなかった。

それが小学校に入って母さんが亡くなると、叔父は父の目を盗んで頻繁に近づいた。

何が嫌って、全部嫌だった。

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