目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報

第5話 銀行から圧力がかかる

それはドーナツ屋のカウンター席で、ヤギと2人で楽しそうに話している写真。

解像度は落ちるから、どこかから隠れて撮ったんだろう。

ヤギの服はすり切れてるから、顔はボケてても特定しやすい。


「随分仲がいいじゃないか。ドーナツ屋で落ち合って、ドーナツ食ってデートかよ。

可愛いもんだぜ、お前らホモ?

なんでウソつくんだよ。お前、前の職場でこいつ騙して被害に遭わせたんだろ?

何で加害者のくせにのうのうと被害者と密会してんだよ、気持ち悪い。」


「写真なんか盗撮しやがって。卑怯だな。」


「わかってるだろ? 500億の仕事だぞ?

プロジェクトには予算と予定がある。

金だって評価額よりうんと高い。借金なんて、カスみたいな額だ。

貧乏のくせに、なんで売ってラクしないんだ? こいつ馬鹿か!

来週いっぱいで首を縦に振らせろ。いいな、最後の手は使いたくない。」


売りたくないのなら理由があるはずなのに、なんでこいつ見下してるんだ? ほんとムカつく。


「わかってるだろ? 詐欺事件で、こいつは財産のほとんど失ってる。

恐らくこれは、あいつの最後の砦なんだ。」


八田が、馬鹿にしたように笑った。

こんな八田、見たこと無いほど醜悪だ。


「ああ、女々しい思い出上等だね! 

カス野郎に言っとけ! 住んでもない場所に、何しがみついてやがるってな! 」


俺は、もう、八田の言い方に、はらわたが煮えくり返った。

立ち上がり、八田のネクタイ掴み、顔つき合わせる。噛みつく勢いで、ヤギを侮辱する八田に反論した。


「どんなに苦労して、あいつの今があると思ってるんだ。

お前が普通にメシ食って寝てる間も、あいつは寝食忘れて働いたんだ。俺のせいで! 

俺にこれ以上なにしろって言うんだ!

断る!あいつに関すること、全て断る! 」


バッと、ネクタイ掴む手を払われる。

デカい声で言い合っているので、様子を見に来る奴が出てきた。

わかってる。八田が凄く追い詰められているのがわかる。余裕がない。


「八田君。」


八田の後ろから、主任まで来た。

軽く会釈する。ああ、背中が寒くなる。


「最後の手って? 」


俺の問いに、八田が口を閉じる。

非情な強攻策だと態度が物語っている。

横から主任が口を開いた。


「プロジェクトの出資先の銀行は、彼が金を借りている銀行の親だ。

これは我々がやるわけじゃ無い。こっちは急がせる先方に猶予を貰ったのだよ。

礼を言われても恨まれる筋合いはない。」


愕然とした。

親銀行が圧力をかけて返済を急がせる気だ。

売るしかない状況を作らせるのだ。


「卑怯だ。」


「何とでも言いたまえ、どんな手を使ってもあの別荘は売って貰う。」


主任が八田の背を押して戻って行く。

ベンチに座り、傍らの写真を手に、笑うヤギの姿に目を閉じた。


「すまない、ごめん。 すまない……」


つぶやきながら、ようやくラクになったと話していた、あいつの声が聞こえるようで涙がこぼれた。




 ヤギが銀行から出てくると、ため息を付いた。口元に手を置き、玄関先に立ってしばし考える。

まったく考えてなかったわけじゃない。

どんな手も使ってくるだろうから、銀行のグループ名を見た時から、こんな事もあるだろうとは思っていた。


「単刀直入に申し上げます。

今月中に残金をお願いします。

上から突然、猶予を却下すると指示が来ました。

覚えがあるかと存じますが。」


「ああ、ホテル建てるから、別荘売れって言われてるんだ。

まあ、おたくの銀行の親銀行の名前があったからとは思ってたけどさ。」


「悪い話ではないと思いますが、ご都合はどうでしょうか? なにか不安がございましたら相談には応じますが。」


「いや、たださ、時間が欲しいだけなんだ。中にも実家の物が入ってるし。」


「後々お住まいを考えられていたのでしたら、代替のマンションなどのお世話をご紹介しますよ? 

実家のものでしたら、処分も手配しますが。」


「いや、そういう話じゃない。そう言う話じゃ、ないんだ。」


「ご心中お察しします。力になれず申し訳ない。」


俺の担当は、俺に相談出来る人間がいないことに同情して、かなり親身になってくれる。

だから、ひどく居心地が悪いようにしながら、丁寧に対応してくれた。

資産家の叔母が保証人になってくれたからこそ、若い俺に大金を貸してくれたんだけど、

俺に金を貸してくれたのが、ここで良かったと思ってる。

結果的に俺を追い詰める結果になっても、この人にはどうすることもできないんだ。



ジャンパーに手を突っ込み、物思いにふけりながら歩く。

もうちょっと、もうちょっと待ってくれ。

何でこんなに猶予が無いんだ。

何でこんなに俺の土地ばかりなんだ。

俺にはもう、不要の物なんて無いんだ。


父さん、父さん、どうすればいい?

どうして現金をもっと残してくれなかったんだ。いつも言ってたじゃないか。

お爺様亡くなった時は相続税が大変だったんだよって。

土地の値段も上がってるから、美里に苦労かけないようにしないとなって言ってたのに。

通帳は見つからないし、問い合わせたら銀行の残高、ほとんど0に近かった。


そんなにうちは苦しかったのかな。医療費がかかったのかな。

僕は父さんの医療費とか、お葬式とか払ったら、お金が無くなっちゃったんだよ。

あんな事になったけど、家を売ったお金で何とか相続税だけは払うことが出来た。

僕は、ミツミに助けてもらったんだ。

でも、今月中にあと1000万近く払わないと別荘がなくなる。それだけは、別荘だけは守りたい。


「誰かに、借りるしかないな。」


他の銀行が貸すわけがない。どうせ担保はあの屋敷だ。周り巡って結局取られる。


オーナーに、相談しようか。


ふと、鬼の様な形相の叔母の顔が浮かんだ。

保証人の叔母に金が無いわけじゃ無い。

きっと夫婦でケンカしたんだと思う。仲が良かったのに、本当に申し訳ない。

今の俺が、オーナーにまで見放されたら、もう、誰がいるんだ?

ミツミは駄目だ。きっと相談したら無理をする。あいつとは笑って普通に友達でいたい。

立ち止まり、大きく息を付き、空を見る。


ああ、

ああ、あと、頼れるのはあの男だ。


この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?