月末は、色々提出書類整理が忙しい。
ずっとパソコンとにらめっこで頭が痛い。
あー、会いたい、会いたい、美里に会いたい。
会わないと、どれだけあいつがストレスの中で救いになってたかがわかる。俺の心の女神(仮)よ、俺の隣にいてくれ。
顔を上げて、隣を見る。同僚がストレスまみれの顔で怪訝な顔をした。
「お前さ、彼女出来ただろ、くっそムカつく。」
「悪いな、幸せですまない。」
「ムカつくーーー !! 」
それが終わって無事に月も明けた頃、ヤギがLINEくれた。
昼の仕事辞めて、夜の仕事も他の部署に行くらしくて、少し時間が出来たらしい。
〈どこか行かないか? 俺も今後まとまった休み取れるなんてないと思うからさ〉
「どこかって、金のかからないとこかな? そうだ、思い切って聞いてみようかな? 」
〈一泊する? 〉
無理だろうけど、まだ再会して付き合いは浅い。親睦深めるには泊まりは最高だけど、俺の理性が爆発しないか心配だけど。
〈いいよ、支度金貰ったから〉
えーーーーー !! マジか、来た!
こんな返事が来るなんて、思わず俺は顔が真っ赤になった。
〈支度金? なんだそれ? 〉
〈次の仕事のだよ、近場の温泉どう? 〉
「ああ! いいねえそれ! 仕事で改装を世話した旅館、いいとこだったな。」
〈あかつき温泉の旅館どう? 俺がおごるよ〉
〈ちゃんと払うよ、じゃあ今度の土曜? 金曜から行く? 〉
〈いいね、金曜から2泊しようぜ。休み取って予約しとく! 〉
〈あ、待って、2泊目、俺が知ってるとこに泊まろう。食事買ってさ〉
〈いいよ、金曜だけ予約しとくな〉
アプリを閉じて、思わずその場でくるくる回る。周りの冷たい視線を浴びて、服を直し背中をしゃんと伸ばした。
まあ、男2人で温泉とか、この年でどうだろうと思う。
まるで、恋人同士じゃ……
「恋人? 」
ボッと顔が赤くなった。
ヤギの後ろ姿が目に焼き付いている。
凄く、 なんか凄く、色っぽい。
あいつが夜の仕事の制服のスーツ着てドーナツ屋来たときは、俺はもう、舞い上がってなに喋ったのか覚えてなかった。
まあ、絶対言えないけど、俺はあいつに惹かれてる。絶対言えないけど。
休み時間終わって、部署に戻ってると同僚に声をかけられた。
「三井、部長が呼んでたぞ。」
「え? 部長が? 」
「はは、お前なんかした? 」
いや、そんな覚えはない。
無いけど、結果的になんか起きたのかもしれない。ドキドキしながらデスクに急ぐ。
すると、隣の会議室に呼ばれた。
「お前、[[rb:八田 > はった]]班が取り組んでるリゾートホテルの土地買収知ってるよな。」
「あ、ああ、はい。そりゃあ知ってますよ、大きいプロジェクトですから。」
「それが上手く行ってないんだ。眺望のいい、肝心の場所が取れなくて困ってる。」
「どういうことです? 」
「お前、鳥嶋高校の56期だよな。」
「え、ええ。」
「谷木美里って知ってるか? 」
「 え?! 」
それ、ヤギの名前じゃないか?
「さあ、ちょっと覚えてないですね。」
「そうか~、説得頼もうかと思ったんだが、親から別荘継いでるんだよ。
住んでないからさっさと売ってくれればいいのに、頑として話も聞こうとしない。
借金まみれの貧乏人なのに、頑固で話も聞いてくれんらしい。
思い出したら声かけてくれ。」
貧乏人か、嫌な言葉だ、ムッとした。
「はい、わかりました。」
会議室出て、自分のデスクに戻る。
ヤバい、調べられたら一発でわかる。
きっと担当は卒業アルバム手に入れてる、俺の名前を確認したんだ。
そう言えば、昔夏休みに別荘も行ったことある。
あいつの家は旧家で、家はデカいがとにかく古くて住みにくいとぼやいてた。
遺産は不動産ばかりで、大卒すぐの彼は相続税に苦しんでいて、訪ねた俺はあいつのためにプランを練った。
持て余した家を俺の会社に売り、税金払って建設中のマンション買って、残りの支払いは20年で返すという、無理のないものを提案した。
俺は自信を持って、相談に乗って仕事した。
のに、会社は倒産、マンションは実態の無い物だった。
目の前が真っ暗になった。
あいつに謝ろうと家に行ったけど、すでに債権者による取り壊しの工事が始まって、凄いスピードでタワマンが建った。
俺はハメられたんだと怒りがわいた。
でもあいつ、別荘いまだに持ってたなんて一言も言わなかったし、売れば借金なんてすぐに返せるのに……
『あいつらの、思い通りになんかするものか。』
あの言葉……
そうか、思い出の家を、残った思い出を、放棄したくなかったのか。
また奪われ、壊されて建つのだ。今度はホテルが。
俺は、どうしたらいい?
「おい、三井。」
八田の声に、ドキッと心臓が跳ねた。
「ちょっと来いよ。」
「今忙しいんだ。」
「忙しくないだろ? いいから来い。」
仕方なくついて行く。廊下の自販機コーナーだ。誰もいないのが余計辛い。
遠慮無く責められる。
そしてここは、閉鎖してないだけ聞いてる奴もいるし参戦者が増える。
前の会社が倒産して入った俺と違って、八田は大学同期でも卒業後すぐ入社した先輩だ。
「お前、知らないそうだな。谷木のこと。」
「知らないね。」
座れと言われ、ベンチに座る。
八田は俺を見下ろして立っている。嫌な状況に、まるで尋問されてるようだと思った。
「これ、見ても知らないって言うのかよ。」
八田がポケットから、数枚の写真を出し俺の横に放った。
それはドーナツ屋で楽しそうに話している、俺とヤギの写真だった。