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第3話 ドーナツ屋で待ち合わせ

時間を見ると、もうすぐ定時だ。

一分が長くてイヤになる。

隣の席の同僚に、片付けながら声をかけた。


「すまん、俺、今日定時で上がる。」


「あー、明日から残業だし、俺も帰るよ。彼女? 」


「いや、昔の知り合いだよ。

親友復帰目指して、たまに会ってるんだ。会う時は定時で上がるから。じゃ! 」


バッとカバン取って、誰よりも先に帰る。

ウキウキしてLINE見ると、仕事がちょっと伸びてるらしい。

先に行っててとメッセージ来てた。


「バイトも残業あるのかよ。大変だな。」


昼バイトの残業は睡眠時間削ることになるだろうに。

まあ、俺と会うのも同じか。あいつには負担にならない程度に会おう。


会社を出ると駅の方向へと急ぐ。

そうしてミツミがいつものドーナツ屋に行って、ジュース飲みながら道に面したカウンター席で待っていると、ヤギが路地から現れ手を上げた。

ガラス越しに手を上げ、うれしくて満面の笑みになるのを必死でこらえる。

相変わらずスレて痛んだ、地味なジャンパーにジーンズだ。やつれた美貌は、それさえファッションの一部かと思わせる。ただの貧乏だけれど。


「待った? 」


「いや、今来たとこ。」


ヤギが注文を頼んで隣の席に座る。

自然に身を乗り出し、ふと、ばつが悪そうに後ろ向いて足組んだ。


「ククッ、なに恥ずかしがってんだよ。」


「バーカ、だいたい男2人で来るとこじゃないだろ。」


「お待たせしましたー!」


店員がトレイを置くと、コーヒーを持ってふうふう息を吹きかける。

今日は、買いに来る客も切れ間が無く、忙しそうだ。


「俺、もうすぐ、少し暇が出来るんだ。」


「お前さ、働き過ぎだよ、掛け持ちは~」


「お前が言うな。俺だって限界なんだよ。

それに、やっぱ友人は大事にしたいし。」


横向いて、つぶやくように言う。

ミスミは顔を上げてパッと笑った。


「友人って、やっぱ俺? 

だよなー、今のまんまじゃ一緒に遊びにも行けないもんな。」


「ばーか、誰が一緒に…… 」


ふてくされたように、鼻で笑う。

気を使ってくれるんだ、なんだか嬉しい。


「気を使ってくれるの、嬉しいな。」


「何だよそれ。最初から使ってるじゃん。」


「どこだよ、最初は責めてきたくせに。」


「身から出たサビだろ? 当たり前だよ、反省しろ。」


「へいへい」


ククッと互いに笑い合う。

頬にかかる髪を、ヤギが耳にかけた。

昔はもっと綺麗な髪だったよなあと思う。


「髪、染めてんの? 」


「そんな金あるかよ。

なんかさ、やっすい値引きシールのおにぎりばっか食ってたら、色が抜けてバサバサになっちまった。

まあ、元に戻ると思うよ。母さんがクオーターだから、少し先祖返りもあるかな。」


「そっか、ちょっと余裕できた? 」


「まあ、あと半分は、ゆっくり返すさ。」


はあ? 4年だぞ? 半分?? 1000万近く、バイトで一体どうやって返したんだよ。

愕然とする俺に、怪訝な顔をして返した。


「ちゃんと、働いて返したんだからな。変なバイトしてないし。」


「あー、ヤバい事したかと思った。」


「バーカ、掛け持ちで人がやりたがらない仕事しただけだよ。

今はメシが出る飲食業にシフトした。」


チッチッチッと指をワイパーする。

なんだかホッとしてうなずいた。俺が思った以上の苦労してきてる。

のに、それを笠に俺にたかっても来ない。

こいつはこんなに貧乏でも、本当に育ちがいい。


「お前、マジですげえな。」


「まあ、その無理した結果がこのバサバサガリガリさ。

とにかく利息が高いから、半分返すまで頑張ろうって思った。

凄いんだぜ? 栄養不足ってさ。

やる気は出ないしきついだけだし、ロボットみたいに仕事して、地獄を彷徨ってた。

もっと褒めろ。」


働いて働いて、やっと落ち着いたのか。

確か、金持ちの叔母さんがいたはずだけど、助けてくれなかったのか。

借金だもんなあ。


「しっかし、夜歩くのにグレーの服って危なくねえ? 

もっと明るい色にしなよ。」


「んー、これ目立たないようにしてるんだ。

車は気を付けてるよ。」


「え? なんで? 」


「笑うから教えない。」


「えー、なんでー 」


ヤギが、真顔になってドーナツを食べる。

なんだか、ちょっと嫌な予感がした。


「たまに、待ち伏せる奴がいるんだ。」


やっぱり!


「女? 夜の仕事か、飲み屋はだから。」


「いや男、昼の飲食だと思う。

夜はおっさんばかりで、みんな女目当てだし。

こんなガリガリのどこがいいんだろうね。」


「まさかの昼か。

最近はジェンダーレスだからなあ。

それにお前のとこの制服、カッコいいし。」


「ミスミも着てるじゃん、スーツ。」


「いやー、なんかあのカマーベストって、エロいんだよな。

気を付けろよ。」


「うん、エロいは納得出来ないが、うん。

一応、防犯ベル持ってる。」


「男が防犯ベル? ヒヒッ、マジかよ~」


「うるせえよ、だから言いたくなかったんだ。」


ヤギがふてくされて横向くと、チョコが口元に付いてるのが見えた。

何気なく指で取ると、キョトンとしてる。

その指ペロッとなめたら真っ赤になった。


「へ、変態かよ! 付いてるよって言えばいいじゃん! 」


「だって、なめたかったもん。」


「漫画か! 僕はノーマルだからな! 」


「お? いいね。昔みたいに、僕って言った方が似合ってるぜ? 」


プウッとむくれてパクパクパクッとドーナツ食べて、コーヒーゴクゴク飲み干しガタンと立ち上がる。


「あれ? もう仕事行っちゃうの? 」


「変態とはサヨナラだ。」


「あ、俺、月末忙しいから今度、来週な。」


ベーッと舌出して、さっさと出て行く。

可愛い奴、でもなんか、心配だな。

後ろ姿を目で追いながら、ジュース飲み干す。


「そう言えば、お前、最初会ったときより、うんと綺麗になってるぜ? 」

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