夢を見ていた。
恋人の雪と、夕暮れの砂浜に並んで座り、結婚について話している。
「雪、話があるんだ」
雪は俺の肩にもたれ、「なあに?」と微笑む。
「俺と、結婚してほしい」
ずっと言いたかった言葉だ。ようやく、口にできた。
——だが、雪の返事を聞く前に、無情にも携帯のアラームが鳴り響いた。
目を開けると、そこは薄暗い書斎。現実の中の、埃をかぶったソファだった。
夢だったことに苛立ちながら、俺は体を起こし、ポケットから煙草を取り出す。
火をつけて、深く吸い込んだ。焦げた煙草のにおいが、現実をはっきりと突きつけてくる。
雪がいなくなったのは、ちょうど一ヶ月前。
ある日突然、姿を消し、両親が警察に行方不明届を出した。
誘拐の可能性が浮上したのは、それからさらに一ヶ月後のことだった。
俺の名前は浪野 悠(なみの ゆう)。
23歳の探偵で、渋谷の雑居ビルに小さな事務所を構えている。
普段は警察と協力して、あちこちの事件を追いかけている。
そして今——
俺は、雪を見つけ出すと誓っている。必ず、どんな手を使ってでも。
洗面所で顔を洗い、携帯をポケットに戻しかけたその時。
ピピピピッ。
着信音が鳴った。
画面には「釜野」の名前。大学の同期で、今は警視庁の刑事をしている男だ。
「よう、久しぶりだな」
受話器越しの声は、相変わらずぶっきらぼうだった。
「例の事件だが……お前の力を貸してほしい」
「面倒くせえな……」
ぼやきながら、コートを羽織る。
俺は、雪に繋がるものなら何でも手を伸ばすつもりだった。
警視庁・連続誘拐事件捜査本部
重たい足取りで警視庁の門をくぐり、捜査本部へと向かう。
部屋に入ると、釜野が「よう」と軽く手を振った。
他にも数人の捜査官がいて、どこか冷たい視線をこちらに投げかけてくる。
「早速だが、これを見ろ」
釜野が地図を広げた。新宿の一角——最新の誘拐事件の現場を示している。
「現場に行ったんだが……とんでもないものがあった」
「待て。そもそも、なんで誘拐って断定できる? 行方不明ってだけじゃないのか?」
「現場に、犯人のものと思われるマークが残されていた」
釜野は用紙を机に置いた。
そこには、油性ペンで描かれた海賊旗のようなドクロのマーク。
「すべての現場に、このマークが残されていた。雪ちゃんの現場にもな」
釜野は静かに言った。
俺の中で、何かが確信に変わった。
雪は自分の意思で姿を消したわけじゃない。誰かに、連れ去られたんだ。
そして俺は、そいつを——地獄の果てまで追い詰めて、必ずぶっ潰す。
マークをにらみつけていると、釜野が声をかけてきた。
「大丈夫か?」
「……ああ」
「3日前、新宿で新たに男児が誘拐された。現場には同じマークがあり、そのそばに倒れていた妙な男を拘束した」
「俺たちは、そいつが犯人の一味だと踏んでる。だが、何も話そうとしない。まるで誰かに“喋るな”と命じられているかのようだ」
釜野は真っ直ぐ俺を見て言った。
「なぁ悠。お前、大学で心理学やってたろ? そいつから話を引き出してくれないか?」
「は? 結局、俺に雑用やらせたいだけじゃねえか。警察でやれよ、そんなの」
「……雪ちゃんの手がかりかもしれないんだぞ」
釜野の言葉に、俺は小さくため息をついた。
こいつは雪がいなくなってから、ずっと俺を気遣ってくれている。
きっと今回も、その一環だ。
「……わかった。話だけ聞いてくる」
俺と釜野は、拘留所へ向かって歩き出した。