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第22話(完結)

朝の光が差し込むリビング。

美月は静かに立ち、一真をまっすぐに見つめて言い放った。


「一週間経ったわ。もう行く。」


コーヒーを淹れていた一真の手がぴたりと止まる。

「――たしかに、君を自由にすると言った。」

振り返った彼の目は、どこまでも暗かった。


「でも条件がある。選べ、美月。」

「天野蓮のところへ行くか、それとも――俺のそばに残るか。」


美月は鼻で笑った。

「私が選ぶのは、も――」


言い終わる前に、一真が懐からリボルバーを取り出し、自分の心臓に押し当てた!


「選択肢は二つだ。」彼の声は恐ろしく冷静だった。

「残るか、離れるか。」


「この銃には、四発中三発が空砲、残り一発が実弾。君が一文字発するたびに、一発撃つ。」


…つまり、美月が「のこる」と言ったときにしか、彼は生きられない。

もし「はなれる」と言ったら、その瞬間、彼は確実に死ぬ――!


「……あんた、バカなの?」

美月の声が震える。「自分の命で脅すなんて……!」


「脅してなんかないよ。」

一真はうっすらと笑った。

「これは賭けだ。君が、ほんの少しでも俺のことを想ってくれてるかどうかの、な。」


「風間一真……!」

美月は奥歯を噛みしめ、涙をこらえるように声を震わせた。

「これ以上、あんたのこと……憎ませないでよ!」


「憎まれるほうが、忘れられるよりずっとマシだ。」

その目には、狂気と――どこか切ない優しさが混じっていた。


沈黙が満ちる。

長い、長い、呼吸すら苦しいほどの沈黙のあと――


「……は」


「バン!」


一発目、空砲。

一真はまばたきすらしなかった。


「……な。」


「バン!」


二発目、空砲。

額に汗が滲んでいても、彼はまだ笑っていた。


「続けて。」


美月の指先がわずかに震える。けれどその声は冷たく、鋭かった。


「……れ……」


「バン!」


三発目、空砲。


「る……!」


四発目――


「バン!!」


銃声と同時に、真っ赤な血が一真の胸元から吹き出した。


「っ!?」


彼は数歩ふらついたあと、どさりと床に倒れ込む。

それでも、口元にはかすかな笑みが浮かんでいた。


「美月……君は……ほんと、冷たいな……」


血で濡れた唇から、吐息のような声が漏れる。


美月はその場を動けなかった。爪が食い込むほど、拳を強く握りしめて。

床に広がる血を見つめ、薄れていく彼の瞳を見つめ、駆け込んできた救急隊に彼が運ばれていくのを、ただ――


一度も、振り返らなかった。


一ヶ月後、南区。

天野蓮が、美月のために盛大な結婚式をあげた。


純白のウエディングドレス。咲き誇る真紅のバラ。集まった人々の祝福の言葉。


「桐谷美月さん、あなたは天野蓮さんを妻とし、貧しくとも富めるときも、生涯をともにすることを誓いますか?」


美月は目の前の優しい男を見つめて、小さく微笑んだ。

「……はい、誓います。」


指輪交換の直前。

天野蓮が低く囁いた。


「……彼、あまりよくないらしい。」


美月の指先がぴくりと震えた。


「銃弾が、心臓からわずか1センチの位置にあったそうだ。助かったのは奇跡……でも、もう二度と目を覚まさないかもしれないって。」


長い沈黙のあと、美月は微笑んだ。

「……その話は、もうやめましょう。」


そして背伸びして、天野蓮の唇に口づけを落とす。


「これからの人生、どうかよろしくお願いします――天野さん。」


天野蓮も、彼女を抱きしめて囁いた。

「こちらこそ――天野さん、よろしくお願いします。」


結婚式が終わった深夜。


美月は、一人でバルコニーに立っていた。


月光が、左手薬指のダイヤの指輪に反射してきらりと輝く。


ふと、思い出す。

いつも無表情で、自分の後ろを無言で歩いていたあのボディーガードのこと。

彼に守られる日々のこと。

雨の夜、黙って背中を貸してくれたぬくもり。


そして――

「美月、俺は命をかけて君を愛する」

そう言って、血の海の中で笑っていた彼の顔を。


その最後の言葉が、今も耳の奥で微かに響いている。


夜風がそっと吹いて、頬の湿りをさらっていく。


美月は静かに、夜空へ向かって呟いた。


「……一真。さようなら。」

「さようなら。」

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