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第21話

それからの三日間、一真は持てる限りのロマンチックをすべて注ぎ込んだ。


一日目。

彼は美月を、北区で一番高い観覧車に連れて行った。


「てっぺんでキスをすると、一生一緒にいられるんだって。」

そう言って彼はゴンドラの前に立ち、どこか怯えるような期待の光を目に宿していた。


美月はふっと冷笑する。

「じゃあ私たちは、一番下でキスするべきね。二度と会わなくて済むように。」


その言葉に、一真の目から光がすっと消えた。

けれど、彼は無理に笑顔を作った。


「……大丈夫。ただ、君に夜景を見せたかっただけだから。」


観覧車がゆっくりと上昇し、てっぺんに着いたとき。

眼下には街の灯が星の海のように広がっていた。

その瞬間、一真はそっと片膝をつき、懐から小さな箱を取り出す。


「美月……」

かすれた声で、彼は言った。

「もしもう一度やり直せるなら――」


「もしなんてないわ。」

彼女は冷たく言い放ち、窓の外に視線を逸らした。


二日目。

彼は手料理で、豪華な食卓を用意した。


「辛いものが好きだったよね。」

そう言って、麻婆豆腐をそっと彼女の皿に入れる。

視線には、どこまでも優しさがにじんでいた。


美月は一瞥し、こう返す。


「……琴音は辛いの苦手だったわよね?今までこういうの作ったことなかったじゃない。」


一真の箸が、宙に止まった。

美月は彼の目の前で、料理を全てゴミ箱へと投げ捨てた。


三日目。

彼は美月を海辺へ連れて行った。


夜が更ける頃、無数のドローンが夜空を舞い、やがて彼女の笑顔を描き出した。

そして、続くように「美月、愛してる」の文字が、花火とともに弾けた。


「……どう? 気に入ってくれた?」

一真はそっと問いかける。


美月はきらめく夜空を見上げ、急にくすっと笑った。


「ねえ、風間一真。あんた、昔――琴音にも同じこと、したんじゃない?」


その一言で、一真の拳がぎゅっと握りしめられる。

喉の奥が詰まり、息さえまともにできなくなった。


「……ない。」

かすれるように吐き出す。


「君だけだよ。」

「これ全部、君のためだけのものなんだ。」


その告白にも、美月の表情は変わらなかった。


ホテルに戻った後。

美月は「明日は最後の日か」と思いながら、荷物の整理をしようとクローゼットを開けた。

そのとき、ふと目に入ったのは――天野母から預かった包みだった。


中には一通の封筒が入っていた。

端はすでにうっすらと黄ばんでいて、何度も誰かの指で撫でられた痕が残っている。


美月は少し躊躇した後、そっと封を開けた。

中から滑り落ちたのは、数枚に重なった便箋。


──そのどれもが、こう始まっていた。


「美月へ」


一通目。


美月へ


今日、桐谷家のパーティーで初めて君を見た。

君は白いワンピースを着て、庭で猫に餌をあげていたね。

周りはあんなに賑やかだったのに、君だけが静かな世界にいるようだった。


僕は二階から、ずっと君を見ていた。

君が僕に気づいて、ほんの少し笑ったあの瞬間。


ああ、もうダメだって思った。


――蓮



二通目。


美月へ


あの隠し子が、また君に嫌がらせをしたって聞いた。

天野家の名義で、執事に薬を送らせたけど……使ってくれたかな。


本当は、君の顔を見に行きたかった。

でも、うまく言い訳が思いつかなくて。


――蓮



三通目。


美月へ


今日は君の十八歳の誕生日。

同時に、君のお母さんの命日でもあるね。


僕は北区まで飛んで、墓地の外で一日中待っていた。


君が一人で墓前に座って泣いてるのを見た。


君の好きなブルーベリーケーキを買って、そっと扉の前に置いて帰ったよ。

ひと口でも食べてくれたら、うれしい。


――蓮



最後の一通。


美月へ


君の父親が縁談を持ちかけてきた。

桐谷家と天野家の政略結婚。


彼は次女を嫁がせるつもりだってわかってた。

あれは罠だ。……でも、それでも僕は承諾した。


君と結ばれる、唯一の方法だったから。


この手紙を君が読んでいるってことは、きっと僕たちはもう夫婦になっているんだろうね。


この結婚を怖がらないで。僕は同情で君を選んだわけじゃない。


十六歳のときに君を見てから、ずっと、ずっとこの日を待っていた。


――蓮



便箋が、美月の手からするりと滑り落ちる。


彼女の脳裏に浮かんだのは──

目を覚ましたばかりの蓮が、自分を見つめていたあの目。


一見、礼儀正しく淡々としたそのまなざしは、

実は、長い歳月のなかで静かに積み重ねられてきた、

抑えきれない愛の形だったのだ。

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