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わが勇者をバカにするな。
わが勇者をバカにするな。
赤色の人
異世界ファンタジー冒険・バトル
2025年05月21日
公開日
2.1万字
連載中
『勇者がいない世界なんて、こっちからお断りだ!』 魔界で勇者が「推し」とされる時代。 魔王エルギアは、勇者との最終決戦を夢見て、壮大な作戦を練り上げていた。 なのに、肝心の勇者が一向に現れない! 業を煮やしたエルギアは、こっそり人間界へ潜入し、勇者の行方を追う。 そこでエルギアが見たのは… ちょっとズル賢くて、でも憎めないお人好し勇者と、 不器用で世話焼き、天然ボケ全開の魔王自身。 二人が織りなす、笑えてほろりとくる冒険譚が、今、幕を開ける!

第1話『会いたくて、会えなくて、震える』

 「ついに、来たか勇者よ」


 薄明かりが石畳に淡く滲む、崩れかけた古城の謁見之間。


 そこに、魔王エルギアは深紅の玉座に優雅に腰を下ろしていた。


 重厚な静寂を切り裂くように、彼女の声が響き渡る。


 頭上に聳える二本の剣角は天を貫くように鋭く伸び、赤い双眸は闇の中で爛々と輝く。


 黒光りする外套が肩から床へと流れ落ち、その姿はまさに『生きた闇』――威圧的で禍々しく、だがどこか妖艶な雰囲気を漂わせていた。


 「どうやら貴様、『世界の希望』と呼ばれておるようだな」


 その声は低く、艶やかに響き、聞く者の心を凍りつかせるどころか、妙にドキッとさせる。


 魔王の唇が弧を描き、嘲笑とも誘惑とも取れる微笑みを浮かべた。


 「クク、『希望』か……我が前に立ちはだかるには、些か頼りない呼び名よ」


 言葉が終わるや否や、城内に異変が走る。古びた床が軋み、壁に亀裂が這う。


 崩落の前触れか、それとも彼女のオーラの余波か。


 空気が重くなり、息苦しさと共に妙な緊張感が漂った。


 エルギアは優雅に立ち上がり、漆黒のオーラが彼女の周りで渦を巻く。


 背後から低く唸るダークなBGMが流れ出し、スポットライトが彼女を捉えた。


 長い外套が風もないのに揺れ、剣角が光を反射するその姿は、まるで闇を纏った歌姫が喝采を浴びるかのように華やかだった。


 「闇こそが真の秩序、混沌こそが絶対の美。愚劣なる存在どもが望む平和など……我々には不要なのだ!」


 声を張り上げ、右手を高く掲げる。


 赤い瞳が鋭く輝き、名乗りが最高潮に達した。


「さぁ、勇者よ!我が前にひれ伏し、永遠の闇を味わうがいい!我はエルギア!厄災を司る暗黒の王な……り……」


 BGMのサビが轟き、城全体が震え出す。


 床石が跳ね、埃が舞い、緊張感が頂点に達したその瞬間――。


 「ちょ、ちょっと待て、BGMとめろッ!揺れが!揺れがヤバい!城崩れるからやめ――」


 轟音と共に背後の壁が吹き飛び、石塊が宙を舞う。


 「ア、ちょッつ!だから待てと言っとるだろッ!誰だこの演出考えたヤツは!聞いて、な、ぁ、ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ッ!ただの予行演習なのに!ただの予行演習でドミノ倒しみたいに城が半壊していく!止めろぉお!だれか止めろォォお!」


 叫びが虚しく響き、天井の一部が落ちてくる。

 彼女は外套を翻して避けつつ、悲鳴を上げた。


 ――数十分後。


 半壊した謁見之間で、エルギアは埃まみれの外套を叩きながら頭を抱えていた。


 玉座は傾き、剣角にはひびが。


 完璧な計画がこんな形で崩れるとは。


 「くそっ、これでは最終決戦で勇者にガッカリされてしまう……」


 深いため息をつき、立ち上がる。


 まだ時間はある。


 修復して、最高の姿を勇者に見せねば。


 「次はもっと慎重にだ!皆の者ッ、失敗を恐れるな!小まめに休憩入れつつ持ち場へ戻れ!水分補給も忘れるな!現場責任者、後で話があるから覚悟しとけ!」


 『ぅおおおおおおおお!全ては勇者のためにィィィィィイイ!』


 「待っているがいい勇者よ!フハハハハハハハハ!」


 魔王の笑い声が崩れた城内に響き渡った。


◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎


 勇者が『はじまりの国』を出てから早1年。


 魔王城にいつ来てもおかしくない時期だ。


 「クク、勇者が遠路はるばるやって来るのだ。どうせなら最高の演出で出迎えてやろうではないか」


 エルギアはそう意気込んでいたのだが――。


 勇者は未だに現れない。


 半壊した城の片隅で、彼女は埃っぽい外套を羽織ったまま、頬杖をついてぼんやりと空を見上げていた。


 「……遅いなぁ、勇者よ。こっちはもう3回も予行演習して、城が半壊して、そのたびに修復費で我の貯金が減ってくのだぞ?」


 ふと、彼女の視線が脇に置かれた小さなメモ帳に落ちる。


 そこには殴り書きで『演出案その4:巨大な闇の龍を召喚して登場』と書かれていた。


「これなら勇者もビックリして腰抜かすはず。しかし、龍のレンタル代高いし……どうしたものか。は!そうか!」


 エルギアは突然立ち上がり、キラキラした目で部下たちに振り返った。


 「皆の者!今から『闇の龍もどき』を紙と布で作るぞ!予算がないから手作りだ!我は裁縫得意だから飾り付けは任せろ!」


『お、おおおおお!?魔王様!?それはちょっ……いや、素晴らしいアイデアです!』


 部下たちが困惑しつつも応える中、エルギアはノリノリで裁縫道具を取り出した。


「フフフ、勇者の驚く顔が目に浮かぶようだぞ!」


 エルギアは満足そうに頷き、針と糸を手に持つ。


 崩れた城内に響くのは、彼女の鼻歌と、部下たちの微妙に引きつった笑い声だった。


「待っておれ勇者よ!我が作った龍もどきに腰抜かしたら、もう立ち直れんくらいカッコいい登場シーン見せてやるからな!フハハハハハ!」


 一ヶ月後――――やはり、勇者は未だに現れない。

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