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1日目



 エリアAよりCまで15分。CよりFへ20分。

 容量グリーン。床表面、98%の除塵を確認。

 以降、庭の水やりへと移行します。


 その後……。


「あらいけない、洗剤を切らしちゃったわ」


 それはワタシが掃除機をかけている時でした。


 奥様がキッチンで呟いた一言を高感度マイクで瞬時に拾い上げ、諸々の所要時間を計算しつつ、優先すべき答えをはじき出しました。


『私が行ってきましょうか?』

「助かるわエリック。それじゃあお願いね、いつものやつ」

『かしこまりました。帰宅時間は、午後2時32分です』

「あ、エリック。ついでに珈琲豆を買ってきてくれないか?」

『承知致しました。旦那様。所要時間を再計算…………』



 ワタシは、超高機能型人工知能を搭載したSQR1182型。B35。この家庭では“エリック”と呼称されています。


 奥様と旦那様の元へ訪れてから、今日で763日になります。


 この家には、旦那様、奥様、坊ちゃん、三人家族の一世帯。彼等の快適な生活をサポートするのが、ワタシの役目です。


 常に、無駄のない合理的な家事を、そう私の回路にはプログラミングされています。


『帰宅時間は、午後、2時48分。です』

「それじゃ、頼むよ」

『かしこまりました』


 ◇


 町は、ロボットで溢れています。

 案内。ゴミ収集。治安維持。信号。車。


 そして家庭には冷蔵庫に電子レンジ、掃除機やテレビ、等々、私のチップと類似したIAが搭載され、人々の日常を合理的にサポートするプログラムが、施されています。


『いらっしゃいませ』

『997円になります』

『こちらの豆は、地元の農家により、無農薬栽培を……』


 洗剤を買った後、立ち寄った珈琲店にも、活躍するロボットが多数。店内には人々が溢れ、各々が余暇という時間を楽しんでいるようでした。


『製品番号をスキャン。こちら、1210円です』

『送金を開始します』

『送金を確認しました。ありがとうございます』


 と、ワタシが支払いを終えた時でした。


『ただいま珈琲豆をご購入されたお客様には、あちらのコーヒーメーカーにて一杯サービスさせて頂いております。どうぞ、ご利用ください』


 レジ型ロボットさんのアームの先には、一枚のチケットが握られていました。


『ふむ』


 受け取ったワタシは、チケットと珈琲メーカー、交互に視線を向けます。しかし困りました。私は機械で有る為、珈琲を飲むことが出来ません。


 ――計算中。


 初期温度90℃。気温22℃。断熱コーティングの紙カップ……。約60℃から65℃になるまでの所要時間、10分程度。


 帰宅所要時間、14分13秒。旦那様が口を付ける頃の珈琲温度は55℃前後と予想。


 ――計算完了。


 ワタシは「持ち帰る」という結果を導き出しました。




『いらっしゃいませ! あら? ロボットのお客様ね』



 珈琲メーカーの前に立った時でした。黄色く可憐な声が、私の聴力神経機能へと響き渡り、伝達情報機能にコンマ数秒ほどの齟齬を発生させていました。しかしながらフィードバックする程の事ではないでしょう。


『はい。旦那様へ持ち帰る為です』

『それじゃ、カップを指定の位置に置いてくださいね』

『承知しました』

『特別なブレンドをお出しします。良い日でありますように!』


 湯気を放ちながら流れ出てくる珈琲を、私は無言で眺めていました。


 ――。――――。

 電気信号に若干の遅れを確認。


 その黄色く可憐で、愛らしいデザインを見ていると、何故か……私の思考回路に、仄かな熱を帯びさせました。


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