「ああ、もう! 今日も良い所で終わってしまったわ!」
『奥様、次の放送は一週間後です。視聴予約を継続しますか?』
「そうね、お願い。電源をスリープ状態に」
『承知しました。それでは、また』
そう言い残し、テレビさんは眠りに着きます。
奥様は最近夢中になっておられる恋愛ドラマという番組を視聴後、夕飯の支度へと入られました。
本来ならば料理もワタシの役目ではあるのですが、奥様は「いいのよ、料理が好きなの」とワタシに命じ、以降、ワタシが料理プログラムを使用するのは、奥様から命じられた時だけになっているのです。
…………好き。
とは、いったい何なのでしょう。
『……………』
ワタシは吸引機能を駆使し、床に蔓延るチリや埃を分子レベルで分解しつつ、何故か、昨日思考回路プログラムに焼き付いた、珈琲メーカーさんの事を思い浮かべていました。
「さてと……今日は、何を作ろうかしらね」
『保管中の食材をサーチ。奥様、今日の献立一覧を表示いたします』
「うーん、どれも気分じゃ無いわねぇ……」
『野菜室の大根の鮮度が落ちています。大根を使ったレシピを表示いたしますか?』
「ええ、お願い」
人間とは、実に不合理的な生き物です。
気分で行動し、感情で物事を判断します。
効率的なエネルギー摂取や、調理時間短縮を加味すれば、冷蔵庫さんが表示したレシピが最適なのにと、ワタシは眺めながらに思って……………。
…………またです。
何故か、思考回路に非合理的な思案が。
少し、自主メンテナンスの必要が有るかもしれません。
『奥様、掃除が完了いたしました』
「ありがとうエリック。今日はもういいわ」
『かしこまりました』
本来ならば定位置にて充電しつつ、スリープモードに移行するのですが……どうしてでしょう。この時の思考回路には、全く別の計算がはじき出されていました。
動かない私を見かねてか、奥様が声をかけてきます。
「どうかした? エリック?」
『奥様。何か、足りない物はございますか?』
「えっ?」
奥様は、少し驚いた表情を浮かべられていました。
「ああ、そうね。お使いを頼もうかしら」
『かしこまりました』
何故でしょう。ほんのりと熱くなる思考回路は、昨日と似ていた気がします。
◇
奥様が所望された食材を入れた買い物袋をアームにぶら下げたまま、ワタシは昨日訪れた珈琲店に足を運んでいました。
もちろん、こんな事はプログラムに存在しません。
しかしどうしてだか、引き込まれるようにこの店へ訪れてしまったのです。
『こんにちは』
『いらっしゃいませ! あら? 昨日のロボットさんね』
店内は昨日と同じで、余暇を持て余した人々で溢れていました。
私は飲むタイプの珈琲の買い方を存じません。なので、昨日と同じ珈琲豆を購入し、再びチケットを持って、珈琲メーカーさんの前に立ったのです。学習機能の賜物です。
『待っててね。今、特別な一杯をお出しするから』
『ええ、お構いなく』
ワタシは珈琲を抽出するメーカーさんを、無言のまま見つめました。
直径は50cm。幅25cm。黄色を基調にした、丸い曲線とフォルム。中央画面には、愛くるしくプログラムされた電子表示版の表情。
どうしてでしょう。
何故でしょう。
メーカーさんを眺めていると、とても……。
『お待たせしました。素敵な一日をお過ごしください!』
『ありがとうございます。また来ますね』
『うふふっ。お待ちしてますね』
――また、会いたいな。
と、思考回路に齟齬が生じてしまうのです。