『――――以上。これが私の記憶回路に保存された内容と、その経緯です』
今、私は取り調べを受けている。本来ならば私を解体した上で、頭部から取り出したメインチップを解析すれば記録情報を細部まで観測できるのだが、包み隠さず話すと言った私の主張を人は信じてくれた。
一連の話を聞いた男は、片方の眉だけをわずかに上げる。
「なるほどねぇ。そのー。エリック? SQR……どっちでもいいや。何せ我々もロボットさん対する取り調べは初めてでね? 君が嘘を付いているとは思いたくも無いし、現に詳らかな話ができるのは君だけだ。これからも正直に協力してほしいね」
そう言い、恰幅の良い壮年は鼻を鳴らすと席を立った。
「少し……席を外すが、いいね?」
『ええ、ごゆっくり』
「お気遣いどうも」
男は皮肉っぽく鼻を鳴らすと、部屋を後にした。バタン。重圧な鉄扉が閉じられると、矢庭に話し声が聞こえてくる。
「まったく馬鹿馬鹿しい! 俺にお人形さん遊びをする趣味はないぞ!」
「しかし警部、ロボットに自我が芽生えるのは今や社会問題の一つなんですよ」
「クソッ、煙草が切れた……。一旦任せるぞ」
丸聞こえだ。
私の高感度マイクの収音を馬鹿にしてもらっては困る。
するとガチリ。ドアノブが回ると、次の担当警官が入室してきた。
「え、と。レリックさん……でいいのかな? こんにちは」
『ええ、こんにちは』
先程の壮年男性よりもずっと若いその青年はぎこちない笑みを浮かべる。彼の瞳はわずかに揺れていた。その言動から恐怖や警戒心が伺える。
私はお道化るように小首を傾げ、彼の薄氷を溶かすように優しく告げた。
『先程の会話、聞かせて頂きました。どうです? 人形遊びもたまには楽しいですよ』
「あ、ああ。不快な話を聞かせてしまいましたね、すみません。どうも歳をとった人達は頭が固くていけない」
『ふふっ。それはごもっともで』
私に微笑むことは出来ないが、笑い声を出すことが出来る。彼の物言いに、私は何故かジャンクさんの事を思い出してしまったのだ。
そうなると、自然と笑い声が発声機構を揺らしていた。
「それで、お話の続きを聞かせて頂きたいのですが……。いかんせん、機械を保護する法も、逮捕する法も、はたまた裁く法も法律上には存在しないので、何を話せと言われても困るのですが……。政府の意向で、一時的に保管せよとの事です」
『なるほど。だったら、良くも悪くも、ぜひロボットに適応できる法律という物を作っていただきたいですね』
「ええ、ボクもそう思います」
彼は困ったように笑う。その頃にはもう、彼の心拍も脈拍も、そしてその目線も、全てが安定していた。
「そういえば……」
と、彼が口を切り始める。
「エリックさんは逮捕ないし、これは取り調べでもないので……こういう時はお茶なんかをお出しするんですけど、やっぱりロボットはロボットらしく、その、オイルとかなんですかね?」
彼はなんとなしに尋ねる。恐らく、無言が気まずいだけなのだろう。彼の表情から読み解くに、これは決して皮肉では無く“思いやり”なのだと理解することが出来た。
今、私は人から思いやりを向けられているのだ。
ならば、私も思いやりを持って接するべきだろう。
『では、珈琲を頂けますか?』
「は?」
◇
「お待たせしました」
『ありがとうございます』
初めて飲む珈琲は体中に電撃を走らせ、染み渡らせていった。
ああ。
それはとても、刺激的な味だった。