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第8話 暗くなった渋谷

暗くなった渋谷の町並み。

人通りも全くないスクランブル交差点は白線が消えかかり、どこかで電流が切れているのか、点滅する信号機。


かつての賑わいなんてひとつとして見られないその空間には、少なからず魔物が蔓延っていた。

東京である以上、本来なら冒険者が派遣される区域だというのに、冒険者ギルドは手が出せないでいる。


もちろん過去に数度、この渋谷に冒険者を派遣した。

けど、その都度冒険者が”帰ってこなくなる”のだ。Eランクだろうが、Sランクだろうが、誰であってもこの渋谷に派遣された途端、行方が途絶えてしまう。


その前例が何度も起こった今、どんなに報酬金が高くても冒険者はこの渋谷に立ち入ろうとせず、ギルド側も冒険者の安全を守るために立入禁止にしている。


渋谷駅地下。A12出口前。

電気も消えるトンネルでは、箱の上に置かれたランプが目立っていた。


そんなランプが照らすのは、6つの人影。

そのうちの5名は、ひとりの男を敬うように膝をついている。


もう一度言おう。

この渋谷での立ち入りは、ギルドが禁止している。理由は、冒険者が帰ってこなくなるから。


「で?」


漆黒のローブを纏う男が首を傾げる。


「も、申し訳ございませんでした!最善は尽くしたんです!!」


身を震わせるのは”鋼の鎧を身に纏う男”。

同じように地面しか見ることができないのは、そのパーティーメンバーだろう。


昼間にあったはずの、なくなったはずの

奇跡的な復活に安堵をしたのもつかの間に現れたのが、この漆黒のローブを纏う男。


箱の上に腰掛ける体からはただならぬ魔力が溢れ、右手に持つ大きな杖からは悍ましさが感じられる。

と同等……いや、それ以上の恐ろしさを持つ男に、ただ従うことしかできなかった。


「最善を尽くしてあれでは困るよ。1人で帰らせるのはもってのほか、他の冒険者を味方につけれないのは使えないがすぎるよ」

「すみません……!」

「すみませんじゃ済まないこともあるんだよね。せっかく仲間の命助けてあげたのに残念だよ」


声に感情が乗ってるわけじゃないのに、無駄についた抑揚が気持ち悪い。

それと同時に鎧の男は怒りすら覚える。


(べつに助けろなんて頼んでねぇよ……!!)


助けられたのは偶然に過ぎなかった。

生存者を助けた蒼真がたんぽぽを探しに行ったあとのこと。少なからずの回復ポーションを掻き集めて仲間を助けようとしていた鎧の男のもとに現れたのが、このローブを纏う少年。


『大丈夫?』という言葉は優しく、助けが来てくれたと思って安心したのが本音。

胸を撫で下ろし、口を開こうと――する前に、少年が紡いだのだ。


【散りし命に、再び宿れ】


そんな短な詠唱を唱えたときだった。

辺りに飛び散った血の塊が液体に戻り、まるで操られたようにそれぞれの体に戻っていったのだ。


この世の魔法に詠唱がいらないのは周知の事実。

その事実すらも忘れてしまうほどに、鋼の男は戸惑った。そして、”この人には逆らえない”ことを悟った。


「なに?この僕になにか言いたいことでもあるのかな?」


不敵な笑みを浮かべる少年はクイッと杖を振る。

そうすれば無様にも持ち上げられる鋼の鎧は――刹那にして天井に打ち付けられた。


「――ウグッ……!?」


あまりにも一瞬すぎる出来事に驚き混じりの嗚咽を吐き捨てる。


(べつに心が読まれたわけじゃないはずだ。落ち着け……。どうにかしてこいつらと一緒にここから脱出――)


「グフッ……!」


見えない何かが鎧をぶん殴った。

そして天井いっぱいに響き渡るひび割れと打撃音は、膝をつく4人の冒険者を震わせる。


「残念だけど僕は”心が読める”んだよね」


そんな言葉に絶望を覚えたのは皆まで言う必要はないだろう。

大きく瞳を見開く鎧の男だが、なすすべがないことを悟って体から力を抜く。


「まぁ今回ばかりは仕方ないよね。僕自身、あいつがあそこまでバカにされてるとは思っていなかったからさ」


どんなに人の心が読める少年でも、対象が目の前にいなければそのスキルは発動しない。

それ故に気づかなかったのだろう。


遠くから大きなくしゃみが聞こえてくるのは置いといて、ため息混じりに少年が紡ぐ。


「明日にでもあいつのもとに行こうよ?やっと姿を現してくれたんだから、このチャンス逃したくないんだよね」

「本気……ですか……」


ドサッと地面に落ちた男がお腹を抑えながら紡ぐ。

続くように、ヒーラーの女が力強く杖を握りながら言う。


「あ、あの人の魔力は只者じゃ……」

「んー?もしかしてこの僕が負けると思ってるのかな?この僕だよ?分けるわけなくない?」


どこかの魔王のように魔力で威圧するわけではない。どこかの力に溺れた悪党のように魔法を放つわけでもない。

ただ、感情の読めない顔色だけが2人の寿命を縮める。


「まぁ君たちは来ても来なくてもどっちでもいいんだけどね。救われた命を楽しんで使いな」


トンッと軽い足音を立てた少年は、小さく手を振って背を向ける。

やがて、ランプが照らすのは5つの影。炎のように震えていた体は、静かに波打つ。


悍ましかった魔力は消え去り、呼応するように皆が安堵のため息を吐き出した。


「安心させといてこの後死なない……よな?」

「や、やめてよリーダー……。怖いこと言うの……。


本来なら冗談交じりに失笑を浮かべるところなのだろう。だが、そうできないのは相手が相手だから。

それでも、生きることを願って子鹿のように震える足で立ち上がる体を支える。


「とりあえず……帰るか。生きてたことだし、みんなで飯でも食おう」


リーダーの言葉に連鎖するように、パーティーメンバーたちも腰を上げる。


このパーティーが生き残ったのはあの少年の情だろうか?

否。これは、あの少年の優しさである。


そんなことなど微塵も気づくこともない冒険者たちは、やがて――


――ドサッ


これもきっと、”誰かの優しさ”なのだろう。

誰が先ともなく、重なり合うように、生首が地面に落ちてしまったのは。


なにも分からず呼吸を試みてみるが、裸になった器官が空中に酸素を返すだけ。

目の前にある見飽きるほど見てきたパーティーメンバーの絶望に満ちた顔。


もう一度言おう。

この秋葉原に入った冒険者は、必ず消息を絶つ。



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