何年ぶりだろう?
エアコンの効いた部屋で涼んでいた俺は、カノンの着信音に合わせて着信画面に表示された名前を見て考える。
俺と同じルポライター……だった男だ。
鏑木と最後に話をした時にオカルト記事を書くライターに転身したと言っていたが、その後は連絡を互いにとることはなかった。
「もしもし。
「おお!戸村!ひさしぶりだな!」
鏑木はまるで自分が電話をされた側のような反応をする。
「ああ、三年、四年ぶりくらいか」
「もうそんなに経ったのか。すまんな、ちょっと忙しくてなかなか連絡が出来なくてな」
「それはお互い様だ。俺も似たようなもんだからな」
ここ数年は青少年による凶悪事件や不条理な通り魔的な事件が多く、報道では報じられない事件の起こった背景を知りたいという世論に応えるように、俺への仕事の依頼が途切れることなく舞い込んできていた。
しかし鏑木もか……。
確かに近年はジャパニーズホラーなんて言われて、ホラーやオカルトへの世間の関心が高まっているのは確かだが、ライターとしての需要がそこまで上がっているとは思ってもいなかった。
「それで急にどうした?ひさしぶりに飲みに行こうって誘いか?」
「ああ、それも魅力的だな。俺も久しぶりにお前と差しで飲みたいところなんだが、今回連絡したのは別の用件なんだ」
そう言うと鏑木の声のトーンが一気に下がる。
「戸村。お前と共同で仕事をしたいと思っている」
「は?共同?」
事件を追う俺とオカルトライターのお前が共同でやれることって何だ?
「ああ、俺は今ある事件を追っているんだ」
「事件?お前オカルトライターやってるんじゃないのか?」
「もちろんそれ絡みの事件だ」
「すまんがそれなら俺に手伝えることは無いと思うが……」
「いいや、これはお前の仕事にも関係がある事件だ」
オカルトに興味の無い俺は早めに話を切り上げようとしたのだが、鏑木はそれでも食い下がってくる。俺は渋々ながらとりあえず話を聞くことを伝えた。
「今お前の周りに誰かいるか?」
「いや、今は家だから誰もいない」
「なんだ、まだ独身貴族を気取ってるのか?」
「うるせえよ。いいから話せよ」
「ああ。実は先月から大学生三人が行方不明になってんだ」
先月から……それなら少なくとも半月は経っているということか。
「それなら家族が警察に捜索願を出せば良いんじゃないのか?」
「もちろん出してるさ。二日ほど出かけてくると言って家を出てたらしいから、三日目になっても帰ってこないことを心配した家族が携帯に電話をかけたが繋がらない。それで翌日に地元の警察に届けを出している」
「三人ともか?」
「ああ。三人は一緒に車で出掛けたらしく、そのことは家族にも伝えていたみたいだ。それなのに誰の携帯にも繋がらない。となれば、これは何かの事件に巻き込まれた可能性は高い」
「どこに行くかは言ってないのか?」
「目的地に関しては何も言ってなかったそうだ。ただ、大学の講義で出た課題の為に出かけるとだけしか」
「ああ、俺の時にも夏休みに課題を出す教授がいたなあ。話の概要は大体解ったが、まだ事件として成立してないんじゃないか?捜索願を出しているなら、すでに警察が動いて探してるんだろう?俺たちの仕事は三人が見つかったその後じゃないか?」
それは三人が無事に見つからなかったということでもある。
俺たちは探偵小説の探偵でも何でもない。
警察よりも先に事件かどうかも判明していないことを解決することなんて出来るはずもなかった。
「それが半月以上経った今でも三人の足取りは掴めていない。だが防犯カメラやNシステムの映像を元に捜索しているだろうから、そのうち足取りは掴めるんじゃないかとは思う」
鏑木の言いたいことが解らない。
そこまで考えているのなら、余計に俺たちが今から何かする必要は無いだろう。
今はただ三人が発見されるのを待っていればいい。
「しかし俺は三人がどこへ向かったのかという情報を仕入れた」
「……どういうことだ。いや、そもそも何故お前がこの件のことをそこまで知っている?」
行方不明から半月。確かに事件の匂いはする。それならばこれから調査を開始するのが普通ではないのか?どうして鏑木は今の時点でそこまで調査を進めている?三人の行動と鏑木の行動、互いの時系列がしっくりとこない。
「実は行方不明になったうちの一人。その父親とはちょうどその時に一緒に仕事をしていたんだ」
「……オカルト関係か?」
「ああ、その人は俺が何度かお世話になっているオカルト雑誌の副編集長をしていてな。娘さんと連絡が取れないと母親から連絡があった時も編集室で一緒に打ち合わせしていたんだ」
鏑木との打ち合わせ中にかかってきた電話。
席を外して数分後。戻ってきた父親はかなり動揺していた様子だったらしい。
それでも仕事を途中で放棄出来ないと考えたのか、鏑木との打ち合わせを続けていたのだが、どうにも心ここにあらずという感じで、このままでは埒が明かないと感じた鏑木が話を聞いたのだという。
「その後も娘さんのことが気になった俺は何度か父親に連絡をとった。最初はこんな時に迷惑だろうとは思ったんだが、親父さんも誰かに話を聞いてもらった方が落ち着くらしく、俺が聞きもしないような捜査状況を話してくれたんだ」
その父親の気持ちも理解出来なくもない。
おそらくは遅々として進まない捜索状況に不安が日々積もっていったのだろう。
「それでお前が義勇心から捜索を手伝おうとしている、と?」
「義勇心なんて立派なもんじゃないが、俺だって元はお前と同じルポライターだったんだ。大学生が三人も同時に消えたなんて聞いたら、多少は昔の気持ちが蘇ってくるもんなんだよ。まあ好奇心からだな」
鏑木は口ではそう言っているが、こいつには意外と優しい面があることを俺は知っている。
世話になっている父親の力に何とかなれないかと考えたのだろうと思った。
「そこで俺は三人の大学の友人たちに話を聞くことにした。まずは何の講義の課題なのかを知らなければいけなかったからな。すでに警察が来て話を聞かれたという生徒にも何人か会ったが、誰も三人の行方についても課題についても知らないと口を揃えていた」
「誰も知らない?そんなはずはないだろう?話を聞いた友人とは受けている講義が違うとかそういうことなんじゃないのか?」
「俺もそう思って直接大学に問い合わせた。父親の名前を使ってな」
「お前それは……」
「ああ、悪いことなのは承知してるさ。でもそれを傷心の父親に頼むわけにはいかんだろう?それに俺が調べていることは誰にも伝えてないんだからな。そして大学側の回答は予想外、いや、この時点では多少の予感のあった答えが返ってきた。彼女らの受講していた講義の中に、夏休み中に課題が出されている講義は無いんだとさ」
「課題が出されている講義がない?じゃあ彼女たちはどこへ何の為に……」
家族に嘘をついてまで出かける用事。
もうその時点で事件に巻き込まれているんじゃないだろうか?
誰にも伝えられない相手と会う。
出会い系で事件に巻き込まれることはよくある。しかし今回の場合は三人一緒だ。ここから考えられる一番の可能性といえば……。
「まさか、集団自殺……」
「まあ
鏑木は少々気になる物言いをする。
「お前なら?いや、そりゃあ他にも可能性はあるだろうけど……」
「さっき俺は行方不明になった子の父親と仕事の打ち合わせをしていたと言っただろう?」
「ああ。だからそれがきっかけでお前は調査に乗り出したんだろう?」
「実は彼女らが家族に秘密にしてまで出かけたきっかけもそれなんだよ」
もう意味が解らない。
鏑木が打ち合わせをしていた時に三人はすでに行方不明になっていたはず。
ならどうしてそれが彼女たちが出かけるきっかけになるのか。
「その打ち合わせは依頼されていた原稿に必要な資料を受け取りに行っていたんだ。最初はデータで送ると言われたんだが、連絡を受けた時にちょうど近くにいたんで直接受け取りに行くことにした」
昭和世代の俺たちはどうにも対面でのやり取りを好むきらいがある。その方が失礼にあたらないだろうという思いもある。
それにデータの方が便利なのは承知しているが、本でも音楽でも、やはり現物が手元にないと不安になるのだ。
「その資料は俺の手に渡るまでの間、副編集長が持っていたんだ。つまり、娘さんが目にする機会があったってことだ」
その副編集長が資料をどのように管理をしていたかは分からないが、原稿に使うかも程度の資料なら机の上に置きっぱなしにしていてもおかしくはない。
その娘さんがたまたま目にしてしまった可能性もあるだろう。
だから何だというのだ?
その資料に彼女たちが出かける理由があると?
「なあ戸村。お前、ハチマン様って知ってるか?」
鏑木はそれまでの話の流れを断ち切るように、唐突にそう言った。