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第7話 ■■■■■

 私は鏑木健介といいます。

 東京でオカルトライターをやっているものです。


 今回このM村を訪れた目的は、この村で行方不明になったのではないかとみられる大学生の足取りを調査することでしたが、実はそれ以前にM村で祀られているハチマン様という神様についての記事の依頼受けていました。


 行方不明になった大学生の一人が、その依頼を私に持ち掛けてきたオカルト雑誌の副編集長の娘さんで、名前は忌野穂香さんといいます。

 どうやら彼女は父親が私に渡すつもりで用意していたハチマン様に関する資料を見てしまったようで、興味をもった彼女が大学の友人たちを誘ってこの村に遊びにきたようでした。


 たまたまそのことに気付いた私は、彼女の父親には内緒で勝手に調査を進め、こうしてM村までやってきたのですが、村人の誰に聞いても彼女たちを見たという人はおらず、ハチマン様を祀っている神社なども無いとのこと。


 当てが外れたかと思っていた矢先、この祠を偶然にも発見しました。


 何百年も前からここにあったかのような外観。

 祀られている神や、祠の名称すら記されていない扁額。


 これは文字にすることをはばかられた過去の土地神に相応しいのではないかと考えた私は、村人にそのことを訪ねることもせずに密かに調査をすることにしました。


 入り口には古い木製の錠前が付けられているだけの簡素なもので、周囲の壁板から中を覗けるような隙間も全くありませんでした。


 ああ、この辺りはこれを聞いている人にわざわざ説明することもないですね。


 とにかく私は中を見たい衝動に駆られました。そして今にもバラバラになりそうな錠前に手を伸ばすと、触れた瞬間、その時を待っていたかのように鍵は壊れて外れてしまったのです。


 不味いことになったかもしれない。私はそう思いましたが、ここまできたらこのまま逃げ出すわけにはいかないと考え、壊れた鍵を鞄の中に隠し、祠の中へと入っていきました。


 祠の中は外界とは完全に隔絶されているのでしょう。

 真っ暗な室内を持って来ていた懐中電灯で照らしました。

 その時最初に目に入ったのが、祠の一番奥、壁沿いに置かれている大きなつづら。

 竹か何かで編まれたつづらは、子供なら簡単に隠れることが出来るようなサイズでした。

 もちろん……小柄な女性であっても可能でしょう。


 最悪の事態を想像した私は緊張しながら祠の奥へと進んでいきました。

 床には薄っすらと埃が積もっており、長い間誰かがこの上を歩いたような形跡はありません。

 ならば思い過ごしかと考えだした時、今入ってきたばかりの祠の扉がバタンと大きな音を立てて閉まりました。


 慌てて扉まで走って開けようとしましたが、古い扉は嘘のようにびくともしませんでした。

 外に向かって声を張り上げて自分が中にいることを伝えましたが、外から返事が返ってくることはありませんでした。


 その時、ガタっと祠の奥で物音が聞こえました。

 ビクッとしてそちらへ懐中電灯を向けると、そこには先ほどのつづらがあり、その開いた蓋の中から一人の若い女性が上半身を出してこちらを見ていたのです。

 一瞬息が止まりました。

 その情景はあまりにも異常に思えたからです。

 何年もオカルトを扱ってきた私ですが、実際にそういう体験をしたことは無いのです。なんなら心霊現象自体を信じてさえいないのです。

 だからこその恐怖だったんでしょうか?

 そういうものはある、そう信じていれば非現実的なことに遭遇しても……。


 私は震える声で女性に声をかけました。君は誰なんだ?と。


 彼女は怯えるような視線をこちらに向けたまま、小さな声で、忌野穂香です。と答えました。

 その名前に私は耳を疑いました。

 本当にここにいるとは、しかも生きているとは思っていなかったからです。


 私は自分が彼女の父親の仕事仲間であることを告げ、そして同時にあなたを探しにきたことを伝えました。

 そのことで信用してもらえたのか、彼女はつづらの中から出てくると、改めて自己紹介をしてくれたのです。


 とりあえずここから出ようと彼女に言うと、彼女は悲しそうな顔になり、ここからはもう出られないんですと言いました。


 そんなはずはないと明るく彼女に返し、私は力の限り扉を叩き続けました。


 体力的にも叩き続けた両手の痛みも限界を迎え、そこで私は彼女が言っていることが本当なのではないかと思い始めました。


 ここで何があったのか?

 彼女はどうしてここにいるのか?

 他の二人はどこに行ったのか?



 何故彼女は生きているのか?



 そのことについて彼女に話を聞かせて欲しいと頼むと、構いません、時間はありますから。と承諾してくれた。


 これからこのボイスレコーダーに彼女のインタビューを残す。

 これは帰ってからの自分の為に録音するものだが、万が一の場合に備え……これが誰かの助けになればと思う。


 願わくば他の誰かがこれを聞くようなことが無い事を願う。



 20✕✕年8月〇日。





~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~





 暗闇の中で操作したからだろうか?

 鏑木の残したと思われるボイスレコーダーには、忌野穂香のインタビューの後に鏑木のメッセージが入っていた。


 全てを聞き終わった俺は、そのあまりの内容に言葉を失った。

 ここに遺されていたことは真実なのだろうか?

 部分的にノイズが酷く聞き取れない箇所もあったが、俺には二人が嘘を言っているようには思えなかった。ただ、明らかに信じがたい箇所がいくつもあったのだ。


 まず、彼女らがこの村は訪れたのはいつだったのか?という点。


 今は八月の始め。

 森の中は鬱蒼と茂った緑の帳で、別に太陽が雲に隠れていなくても薄暗い。

 まあ、確かに都会に比べればこのM村は涼しいのかもしれない。

 しかし彼女が言っているような肌寒さを感じることは例え夜中であってもないだろうし、あの生い茂った木々の生えた山の中腹に建っている祠を、歩いていて下の道から見つけることが出来るものだろうか?


 考えられるとしたら――彼女らがこの村を訪れたのは少なくとも秋以降なのではないだろうか?

 葉が枯れ落ちた時期であれば、もしかしたら下から祠が見えたかもしれない。

 それならば肌寒いと言っていたこととも辻褄が合う。


 しかしそうだとしたら次は何故彼女が生きていたのか?という点。

 祠の中に閉じ込められていたのだとしたら、食事はどうしていた?水は?鏑木がここを訪れるまでどうやって生きていたんだ?

 ボイスレコーダーの内容を信じるなら鏑木が彼女に会ったのは八月。

 とてもではないが無事でいられるとは思えない。


 インタビューすると言っていたが、その部分は記録されていなかった。

 録音ミスなのか、意図的にそうしたのか、もしくは――それを聞く前に何かあったのか……。



 そして最大の謎は鏑木の最後の言葉。



『20✕✕年8月〇日』



 20✕✕年八月といえば、今から三年ほど前になる。


 そんなはずなない。

 俺があいつから電話を受けたのは二日前のことなんだから。


 もし言い間違えでないとしたなら、あいつはすでに解決した事件の話を俺に持ってきて、こんな田舎まで引っ張りだしたことになる。


 いや、本当にそうなのかもしれない。だからあいつは俺からの電話に出ないし、俺の前に姿を現さない。



 こののもあいつの悪ふざけなのだとしたら納得がいく。



 俺は携帯を取り出し、鏑木に電話をかける。

 悪戯はもう終わりだ。


『おかけになった電話番号は現在使われておりません』


 は?

 俺は携帯に表示された名前を見る。

 そこにははっきりと鏑木健介と表示されていた。


 まさか、この為に番号を変えた?

 いやいや、いくらなんでもそこまで手の込んだことをするか?


 俺は二日前の着信履歴を確認する。しかし――


 どれだけ履歴を見返しても鏑木からかかってきたという記録は見つからない。


 それどころか、昨日今日と俺が鏑木にかけた履歴すら残っていなかった。


 そこで俺は背中にうすら寒いものを感じた。


 振り返り祠の奥に懐中電灯の光を向ける。


 そこには話に出てきた大きなはこがあった。


 忌野穂香が中から出てきた匣。


 忌野穂香が中に引きずり込まれた匣。


 あの中には何が入っているのだろう?


 見てみたい。


 開けてみたい。


 そこにいるのは忌野穂香なのか、鏑木なのか、それとも――




 俺はふとあることを思い出し、携帯のメールを見る。


 そこには二日前に鏑木から送られたメールが残っていた。



 着信も全て消えてしまったのに、



 これまでの他の人からのメールも全て消えてしまったのに、



 メールボックスの中には鏑木からのメールだけがぽつんと一通だけ残っていた。




 俺は震える指で中身を確認する。


 内容はこのM村の場所を伝えるものだったはずだ。


 しかしそこに書かれていたのは一言だけ――






『ここにいる』






 祠の奥でコトリと音がした。







― 完 ―




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