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第6話

  箱の蓋を戻そうとした時、バタンという音がして祠の中が暗くなりました。

 予想もしていなかった出来事に三人とも全身が硬直したように動けず、僅かな声も出せない程驚き、心臓が耳の奥で鳴っているのかと思うくらいの大きな鼓動が聞こえていました。


 あっちゃんの持っていた携帯のライトだけが手元で光っていて、私たちはお互いの顔すら見えない闇の中に突然放り込まれたんです。


 聞こえてきた音は入り口の扉が閉まる音でした。

 今まで外の明かりを取り込んでいた扉は完全に閉じられていいて、すぐにカチャっていう小さな音が聞こえました。


 すぐにその音が鍵をかけられた音だと分かりました。

 でもそんなはずはないんですよね。錠前は入ってくる時に壊れたはずですし、もし誰かが新しい鍵を持って来たんだったら、とりあえず中は確認するはずでしょう?

 それなのに声掛けすらされずに閉められ、鍵までかけられた。


 閉じ込められたと察した私たちは持っていた蓋を適当にその場に下ろして、それぞれの携帯を取り出してライトを点けました。


 外に誰かいるんだったら声をかけなかったのか?ですか?

 だって外にいる人は私たちを故意的に閉じ込めた可能性が高いじゃないですか。

 騒いだら中に入ってくるかもしれないですし。

 相手の目的は分かりませんけど、状況が把握出来ていない時点で犯人と対峙するのは危険でしょう?

 閉じ込められてはしまいましたけど、とりあえず考える時間はもらえたんですからね。

 それに祠の作り的に新しい鍵を付けていたとしても、三人で体当たりしたら扉ごと壊すことも出来そうでしたから、閉じ込められたといってもそれほど焦りはなかったです。


 ですよね。

 そうなんです。三人とも意外と冷静だったんですよ。


 私たちは互いに目配せした後、足音を立てないように扉に向かいました。


 扉に手を当て、軽く力を入れてみると、やはり外から鍵をかけられているようで開きませんでした。

 次に扉に耳を近づけて、外の音を確認しました。

 漫画みたいに人の気配なんて感じられませんけど、話し声や物音は何も聞こえてきません。

 私たちを閉じ込めた後に犯人はこの場所を離れたのか、それとも今もじっと扉の前で中の様子を伺っているのか……。


 扉越しに顔の見えない誰かと接しているんじゃないかって考えた時、全身に恐怖と悪寒が走って反射的に頭を扉から離しました。

 はあはあと荒い呼吸音が聞こえます。

 隣にいたあっちゃんとるーちゃんが泣きそうな顔をしながら私を見ていました。

 そこで聞こえていた呼吸音が私のものだってことに気付きました。


 暗かったので見えなかったとは思いますが、その時の私の足は恐怖で小刻みに震えていたんです。

 二人に身振り手振りで扉から離れるように伝えます。

 ゆっくりと祠の中央あたりまで移動して、外に声が聞こえないように小声でこれからのことについて話しました。


 犯人はそのうち絶対に中に入ってくるはずだから、扉を開けて入ってこようとした時に扉に体当たりして逃げ出そう。

 そしてそう決めたんです。


 でもそれも意味が無かったんですよ。


 結局時間だけが経っていって、私たちは眠れないまま翌日の朝を迎えました。


 もしかしたら本当に勘違いで閉じ込められただけなのかもしれない。

 この村はお年寄りが多いから、そんなこともあるのかもしれない。

 私たちはそんなことを思い始めました。


 携帯の時計が朝の五時を表示していました。

 私たちは悪いとは思いましたが、強引に扉を壊して外に出ることにしました。

 同じような鍵をつけているのだとしたら、扉が壊れる前に鍵が壊れるだろうという思いもありましたし、空腹と寒さでこれ以上ここにいたくないという焦りもありました。


 まずは手で押してみます。が、びくともしません。

 次に軽く三人の身体で押してみます。やはり動きません。


 覚悟を決めた私たちは、少しの助走をとって思いっきり扉に体当たりしました。

 強い衝撃が全身に走ります。

 そして三人の身体は弾き飛ばされて祠の床に転がりました。


 痛む肩を擦りながら起き上がりましたが、入り口の扉は閉じられたままでした。


 それから何回か体当たりを繰り返したんですけど、一向に扉が開く様子はありません。

 周囲の壁板も叩いてみました。

 薄い板一枚に見えた壁は、扉と同じようにびくともしませんでした。


 誰かいませんか、助けてください。

 三人で大声を出して叫びました。

 何度も何度も諦めずに体当たりもしました。


 しかし外からは何の反応も返ってきませんでした。


 緊張した状態で徹夜した私たちの体力はすぐに尽き、三人で身体を寄せ合って仮眠をとる事にしました。

 食べ物は無いですけど、少しでも体力を回復させないとって思ったんです。



 それから四時間ぐらい眠っていたと思います。

 ふいに寒さで目の覚めた私は、隣で眠っていたはずの二人の姿が無い事に気付きました。

 二人を呼びますが、しーんと静まり返った暗闇が広がるだけで返事は返って来ませんでした。

 私は得も知れない恐怖に襲われ、震える手でポケットから携帯を取り出してライトを点けます。

 そしてライトに映し出されたものに驚いて持っていた携帯を落としてしまいました。


 すぐ目の前にあったのは籠のような箱。

 一番奥の壁際にあったはずの箱が、すぐ傍に置いてあったんです。


 携帯を拾い直してライトを箱に向けます。

 やはりそれは昨日見たものと同じもののように思えました。


 ガサっと布の擦れるような音が箱の中から聞こえました。

 そこで思ったんです。

 二人はこの中に入っていて、私を驚かそうとしているんだと。


 悪趣味ですよね?

 こんな状況でそんな悪戯をしようとするなんて。

 だから私は逆に驚かしてやろうと思いました。

 二人が出てくる前に先にいきなり蓋を開けて、わって大声出して驚かせてやろうって。


 私はライトを箱に当てないように、そおっと箱に近づきました。

 もしかしたら先に飛び出してくるかもしれないので、心の準備をきちんと整えて慎重に作戦を実行しようとしました。


 指先が箱に触れた感触がありました。


 そして私の手首を冷たい何かが掴んだような感触もありました。


 ヒッっという空気が抜けるような悲鳴が喉の奥から出ました。


 咄嗟に持っていた携帯を手元に向けます。


 僅かに開いた蓋の隙間から伸びた筋張った長い指の手が私の右手首を掴んでいるのが見えました。


 逃げようと必死で腕を引いたんですけど、物凄い力で掴まれていて逃げられませんでした。


 私を掴んだ手は、ゆっくりと私を箱の方へと引き寄せていきます。


 助けてと大声で叫んでじたばたと暴れたんですけど、そんな抵抗はその手には何の意味も無い様子で、ゆっくりと、ゆっくりと引き寄せられていきました。


 ざわざわとした何かが掴まれた私の腕を這い上がってきます。

 細く、無数の長い何か。

 箱の中から私の身体を絡めとるように……それは髪の毛でした。

 とても人の髪の長さとは思えない髪の毛が私の全身に絡みついてきたんです。


 腕から上半身へ伸びてきて、自由だった左腕も身体に巻き付けられて、持っていた携帯を床に落としました。

 そして腰から足へ。

 両足も縛られたようになり、その時点で私の逃げ道は完全に無くなったんです。



 ■■■■様。



 ああ、そうか、これが私たちが探していた■■■■様なんだ。

 その時はっきりとそう気づいたんです。


 やっぱりこの■は■■■■様を■■ていた■■だったんだって。

 でも■■■■様は■■なんかじゃなくて、■■を■■こともはばかられる■■だったんだって。



 全身に絡みついた■■は私の顔も覆い、目も鼻も口も塞がれました。



 最後に、唯一残された耳には、コト、コトという箱の動く音が聞こえました。





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