祠へ続く道はすぐに見つかりました。
立ち並ぶ木立の間を縫うようにして山奥へと続く、狭い山道がひっそりとあったのです。
特に怖さはありませんでした。
ハ■マ■様を祀る■社が無いというのであれば、あの祠に祀られているものは何だろう?
本当はあの祠が■■マン様を祀っている場所なんじゃないだろうか?
その時あったのは好奇心だけでした。
私たちは迷うことなく祠へと向かいました。
気付けば分厚い雲が太陽を隠して、山の中は薄暗くなっていました。
土地柄もあるのか、薄着だった私たちは少し肌寒さを感じながら山道を歩いていきました。
十分、十五分くらい歩いた頃でしょうか?
山道を抜けた先の少し開けた場所に祠はありました。
永い年月を経ているのが一目で判る外観の木造の小さな祠。
全体的に黒くくすんでいて、中を覗けるような窓も付いていませんでした。
入り口の上には看板の様な長い板が付けられていましたが、そこには何も書かれてなくて、神社だったらあるはずの
放置された昔の神社?もしくはかつて何かを祀っていた
どちらにしても、普段村の人たちが何かに使っているような感じはなかったですね。
でも周囲は誰かが常日頃から管理しているかのように綺麗でした。
祠の周りには雑草も生えてなくて、祠自体も定期的に掃除されているみたいに見えました。
私たちはどこかに中を覗ける穴でも開いていないかと祠に近づきました。
扉には古びた木製の錠前が付けられていましたが、これくらいなら少し力を入れれば壊れて外せるんじゃないかって感じでした。
もちろんそんな罰当たりなことをするつもりなんてなかったですよ。
でも……。
あっちゃんが何気なく錠前に触れると、パキンって音がして……。
いやいや、本当にあっちゃんは軽く触っただけなんですって。
私とるーちゃんもすぐ傍で見てましたから間違いないです。全然力を入れていた感じはなかったですよ。
木でできた錠前だったし、そもそも結構古いものだったから劣化してて壊れちゃったんだと思ったんです。
どうしようって三人で顔を見合わせていたんですけど、ここまで来たなら中を少しくらい覗いてみようって話になって。
鍵が無くなった扉は手で引くと簡単に開きました。
木の軋むような音も無く、静かにすうっと。
祠の中は日が差し込んでないので暗かったですけど、入り口から入ってくる自然光でぼんやりとですけど奥まで見通せました。
家の物置よりも一回りくらい広い室内。周囲の壁には特に何もなくて、見上げた天井は何本かの梁が通っているだけで屋根の裏側が見えていました。
くすんだ色をした板張りの床。
祠の奥の壁際。そこにぽつんと何か箱のようなものが置いてあったんです。
私たちは物音を立てないように慎重に祠の中に入っていきました。
何の為の祠かは分かりませんでしたけど、鍵まで壊して勝手に中に入っているのを見つかったら、きっと村の人たちに怒られるだろうなとぼんやり考えていました。
一歩歩くごとにぎいっと床が軋む音がしました。
そんな小さな音が外まで聞こえるはずもないんですけど、いけないことをしているという罪悪感でしょうか?その音はとても大きく聞こえました。
祠の奥にあった箱は、竹か何かで編まれた籠のようなものでした。
一メートル四方くらいの結構大きめの箱。昔話の絵本で見るようなつづらでしたっけ?あんな感じです。
開けてみる?
それを言ったのが誰だったか覚えていません。
あっちゃんなのかるーちゃんなのか……もしかしたら私だったのかもしれません。
私はまるで何かに誘われるように箱に手を伸ばしました。
私とるーちゃんでゆっくりと蓋を持ち上げます。
あっちゃんは携帯のライトを点けて、箱の中を覗き込む準備をしていました。
蓋を持ち上げ、そこにライトを照らします。
私とるーちゃんからは中が見えません。
緊張しながらあっちゃんの報告を待ちます。
少しの間携帯を箱の中で動かしていたあっちゃんは、何も入ってないよと残念そうに呟きました。
私とるーちゃんは持ち上げていた蓋を横に置いて、あっちゃんが照らしてくれている箱の中を見ました。
あっちゃんの言った通り箱の中は空っぽで、私は拍子抜けしたのとほっとしたのとの両方から大きな溜息をつきました。
何か入っていて欲しかったけど、何も無い方が良いって矛盾した事を考えていたんです。
それが何故なのか分かりませんが、今考えたら、それは私の■■が■■を察知していたのかもしれません。
■■■■■には■■てはいけない。
■■■■■のことを■■■てはいけない。
この祠が■■■■■の為にあって、この村は■■■■■を■■■っていたんじゃなくて、■■■■■の■■を■■ないようにこの祠を建てて■■■■■を■■■いたんだって。
今更ですけど、そういうことだったんだなって思います。
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それは歴史を感じさせる古い祠だった。
飾り気のないシンプルな祠は、長年の雨風に晒されながらも、その建物は確かな風格を保ち、時を超えた静謐さをたたえており、歳月が磨き上げた美しさと、容易には朽ちない生命力が宿っているかのようだった。
何かに誘われるかのように祠に吸い寄せられ、気が付くと俺の目の前には祠の入り口があった。
木で出来た、祠と同じだけの年月を経ているだろう錠前。
鍵穴は付いていたが、少し力を込めれば錠前ごと壊れて外れそうに見える。
扉の隙間から中を覗けないかと顔を近づけてみたが、それが可能そうな隙間は見当たらない。
普通これくらい古い建物ならば、どこかしらに劣化が見られるはずなのだが、余程日ごろから手入れが行き届いているのか、それとも俺が思うよりも新しいものなのか、板壁には隙間風が入り込むほどの僅かな隙間も無いように思えた。
頭上に設置されている
もしかしたら、これが鏑木の言っていたハチマン様を祀っている祠なのだろうか?
だとしてもそれは鏑木の担当分野であって、行方不明事件として扱っている俺には関係の無い場所だ。
だから俺がこの祠に興味をもった理由は、もしかしたら行方不明の三人がこの中に監禁されているんじゃないか?という思いからだ。
民家から少し離れた山の中。
状態の良さを考えると誰かが管理しているのかもしれないが、それほど頻繁に人が訪れるような場所だとは思えない。
飾り気も無く供え物も無い。
この村がハチマン様を信仰しているという情報が確かならば、この祠がそうであるのならば、もう少しそれらしい扱いを受けているのではないかとも思う。
この祠はきちんと手入れはされているが、どうにも村人たちから敬われているようには感じられなかった。
「え――」
そんなつもりはなかった。
ちょっと掴んで持ち上げただけだったのに、扉にかかっていた錠前はパキンと小さな音を立てて壊れてしまった。
慌てて周囲を見回す。
誰かに見られてないだろうかと思ったのではなく、誰かに見られていると感じたのだ。
当然そこには誰の姿も無い。
ここに来るまでも何度も後ろを振り返って、誰もついてきていないことは確認済みだった。
それは別に祠に何か悪さをしようと思っていたわけじゃないけれど、何故か後ろめたいことをしているように思えたからだ。
しかし不可抗力とはいえ、これで祠の中を確認することが出来る。
俺は祠の扉にそっと手をかけた。