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第4話

 次の日は朝からM村に向かいました。


 ハチマン様を祀っている神社を見つけて、そこの神主さんか村の年長者の方に話を聞けばいい。

 その時はそんなふうに軽く考えていたんです。


 でも普通はそう考えますよね?

 だけどそうじゃなかった。

 そんな簡単なことじゃなかったんです。


 まずネットで村の地図を見ても、どこにも神社らしきものが載ってなかったんですよ。

 いくら田舎だからって、そんなことないですよね?


 だから地図に載らないような小さなものなのかな?って思って、村の人に神社の場所を聞いてみたんです。


 最初に聞いたのは畑仕事をしていた第一村人のおじいさんでした。

 見た目は結構なお歳に見えたんですけど、重そうな鍬を軽々と使って畑を耕していました。


 私たちが車の中から声をかけると、よく日に焼けた健康そうな顔をこちらに向け、若干不審そうな目で見られました。

 このまま話をするのは失礼かなと思って車から降り、おじいさんに私たちがハチマン様が祀られている神社を探していることを伝えました。


 するとおじいさんは表情を和らげ、そんなことの為にこんな田舎まで来たのか?と言って笑いました。

 その様子を見て、おじいさんの警戒心が解かれたと感じた私は、改めて神社の場所を教えて欲しいと言ったのですが、おじいさんから返ってきた答えは――


――そんなもんはこの村にはありゃあせんよ。


 その答えに私は言葉を失いました。

 神社が無い?

 だって、この村で昔から信仰されてるってお父さんの資料には書いてあったんですから。

 どういうことかと思っていると、おじいさんは言葉を続けました。


――ハチマン様っちゅうんはな。皆の心の中におる神さんなんよ。他のところの神さんみたいに神社を建てて派手に祀り上げるっちゅうようなもんじゃないんよ。


 祀られていない神様。

 信仰によってのみ存在する神様。

 名を記されること無く、口伝でのみ伝承されていく存在。


 そう考えた時、私の背筋に冷たい汗が流れました。


 人は見えないものを信じることが難しい。

 だからこそ人は信仰の拠り所として、神社を建て、教会を建て、その神の教えを目に見える形で広げていくんです。

 それなのにハチマン様にはそれが必要ない。

 確かに小さな村ですよ。

 人口も少ない。

 でもでも、そんな狭い範囲であってもそれを数百年に渡って続けているというのは……。


 狂信……。


 あ、いや、そんな極端な表現はよくないですね。

 かなり熱心な信者さんであれば、そういうものなのかもしれませんし。


 でもその時の私が感じたのは、世間の感覚とは少し違うなという感想でした。


 おじいさんと別れた私たちは、その後も何人もの村の人にハチマン様について聞いて回りました。


 しかし返ってくるのは全部同じようなものでした。



 ハチ■ン様を祀っている神社はない。


 ■チマン様がどんな■様なのか知らない。


 昔はハ■マン様に捧げる祭りがあったらしいけれど、実際に行われているのを見た事はない。



 ハチマ■様を信仰してはいるけれど、どこかに祀っているわけではない。

 結局私たちはそう結論づける他ありませんでした。 


 その時の時刻はまだ昼過ぎくらいで、途中のコンビニで買ってきたおにぎりを食べながら今後どうするかを三人で話し合いました。


 ホテルの予約はまだ二日残っています。

 でも、この村でやることは何も残っていないと感じていたのです。


 正直、その時の私は肩透かしを食らったような脱力感を感じていて、もうこのまま家に帰りたいと思っていました。

 あっちゃんが近くに観光地が無いか探してくれていると、もう一人の友達のるーちゃん――石清水いわしみず瑠衣るいちゃんがある提案をしてきたんです。


 せっかくだからハ■■ン様のことを抜きにして田舎を堪能しよう。


 その提案にあっちゃんはすぐに賛成しました。

 二人はもともと田舎に興味があって付いてきてくれていたんですから、その反応は当然だなって思いました。

 こうなると私だけが帰るというわけにもいかないし、せっかく来てくれた二人の希望も叶えなきゃと思ったんです。


 それから私たちは村の中を探検しました。

 自然に囲まれた田舎の風景。

 古い家屋が建ち並び、道行く車もほとんどない静かな村。


 そんなのどかな空気を全身で感じているうちに、私の心は次第に安らいでいきました。


 そうして日が傾き始め、山裾を散策しながらそろそろホテルに戻ろうかと話していた時、その山上の木々の間に見つけてしまったんです。





~~~~~~~~~~~~~~~~~~





 M村二日目。

 朝食を済ませ、車でホテルを出た俺は真っすぐにM村へと向かった。

 すでに日は高く、じりじりとした陽射しが車内へ差し込んでくる。

 先日からカーエアコンの調子が悪く、窓を全開にして走っているのだが、額とシートに当たる背中にはじっとりとした汗が滲んでいた。


「こんにちは」


 村についた俺は、最初に見かけた畑仕事をしている老人に声をかけた。

 怪しまれないように、出来るだけ明るい声と笑顔を心掛ける。


「……はい?」


 訝しむような声と視線で俺を見る老人。

 その顔には深い皺が刻まれており、実際にはかなりの年配に思えたが、長年の畑仕事で見事に日焼けした皮膚のせいか若々しく見えた。


「すいません。わたくし、戸村と申します。実は少々人を捜しておりまして」


 そう言ってから言葉選びを間違えたと後悔した。

 見知らぬ男が突然やってきて、人を捜していると声をかけてきた。

 これ以上怪しいことがあるだろうか?

 しかし、老人はそのことは特に気にならなかったようで、はあ、と気の抜けたような返事を返してきた。


「最近この村に大学生くらいの女の子が三人来たと思うのですが、ご存じないでしょうか?」


 このままいけるなら問題ないと判断して話を続ける。


「大学生くらいの女の子三人ねえ……」


 老人は何か考えるような仕草を見せると――


「いや、知らんねえ」


 そう一言だけ発し、まるで何も無かったかのように鍬を振り始めた。


 その様子にこれ以上は何も聞けないと感じた俺は、軽く会釈をして車に乗り込む。

 こんな田舎に外から若い女の子が三人も来ているのだ。

 絶対に誰かが見ているはず。

 そう思って村の中で出会う人に次々と声をかけていった。



 はあ……。

 しかし収穫はゼロ。

 誰一人として彼女たちを見たという人は見つからなかった。


 たしかに村人は老人ばかりだった。しかし誰もが県構想でしっかりしているように見えた。

 そんな彼らが半月前のこととはいえ、この村では珍しい若い子を見たという記憶を完全に忘れてしまうはずはない。

 となると、彼女たちはこの村には来ていないのではないか?

 鏑木の予想が完全に外れていたのではないか?

 そんなことを考え始めていた。


 その肝心の鏑木だが、本来ならここで合流するつもりでホテルから連絡をとっていたのだが、電話にもメールにも何の反応も無い。

 早ければ一昨日。

 遅くても昨日にはこの村を訪れているはずだ。


 改めて携帯を見てみるが返信は無い。

 電話をかけてみても応答はなかった。


 人をこんなところまで呼んでおいてと少々腹が立ってきた。

 そして何の成果も得られない事も重なって、残りの宿泊をキャンセルして帰ろうかとも考え始めていた時。


「あれは……」


 村の北側。

 深い木々の茂る山沿いの道を歩いていた時だった。

 林の茂みを抜けて差し込んできた陽射しに何かが反射しているのが見えた。


 そしてよく見ると、そこには人が一人通れるかどうかの狭い小道のようなものがあり、その道の脇に落ちている何かが光っているようだった。


 俺は茂みを強引に抜けて小道へと出る。

 そして落ちていた何かを拾い上げた。


 それは兎をモチーフにしたキャラクターの小さなぬいぐるみ。

 若い子が鞄などにぶら下げているようなやつだ。


 多少汚れてはいるものの、軽く表面に付着していた土を払うと、その下はほとんど痛んでいる様子はなかった。

 まだ誰かが落としてからそれほど経っていない。


 この村の誰かが落とした可能性はもちろんある。

 しかし、老人ばかりのこの村で、こんな可愛らしいものをつけている人がいるだろうか?

 まあ、里帰りしてきた孫から貰ったとかの可能性はあるかもしれないが、どちらかといえば都会からやってきた若い子が落としたと考える方がしっくりとくる。


 たとえば女子大生とか。


 そんなことを考えながら、俺はすでに小道を山奥へと向かって歩き出していた。

 彼女たちはこの村に来ていた。

 そしてこの道を通って奥へと進んだ。


 すでに俺はそのことを確信していた。


 では何故村人たちは誰も彼女らを見ていないと言ったのか?

 たまたま俺が出会った人たちが見ていないだけなのか?


 それとも――



 警戒レベルを最大限まで上げる。

 周囲の気配にも気を配りながら慎重に進んでいく。


 奥に進むにつれ周囲の木々の間隔は徐々に狭まっており、差し込む日差しも生い茂る枝葉に遮られ、辺りは昼間なのに薄暗くなりはじめた。


 暑さと緊張で全身から汗が流れる。

 自然と呼吸が乱れ、目に入った汗で視界が滲む。


 そんな状態で十分ほど歩いただろうか。

 少し開けた小道の奥。


 世間から身を隠す様にひっそりと。




 そこに――祠は静かに建っていた。





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