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第3話

 ええと、自己紹介からですか?はい。



 名前は忌野いまわの穂香ほのかです。

 A大学の3年です。



 ここに来たのは父の部屋にあった資料を見て、この村に興味を持ったからです。



 あ、父は月刊オカルティズムというオカルト雑誌の副編集長?とやってまして、多分それに使う用の資料だったんだと思います。



 父の影響もあって、私自身も幼い頃からそういうのに関心がありましたから、これまでもたまに父の部屋に入ってオカルト関係の本を読んでたんです。



 それである日、いつものように父の部屋に入ったらPCのプリンターのところに何か印刷されたままで放置されている紙があるのに気付きました。



 あ、そうですね。いくら家族とはいえ、勝手にそういうのを見るのは駄目ですよね。

 でもついいつもの癖で何だろうな?って思って見ちゃったんです。



 はい。そうです。

 それがこの村に祀られているハチマン様に関する資料でした。



 全国にある八幡神社や八幡様についての成り立ち。その他、地方の土地神についてなど事細かくまとめられた資料でした。



 その中にこの村の事も書かれていました。

 八幡様に選ばれなかった土地神をハチマンと呼び続けて祀っている村が現存していると。



 それを読んだ時、私は心の底から湧き上がってくる好奇心を抑えきれなくなりました。

 だってそうじゃないですか?

 お参りに行っている人の中に、どれだけの人が八幡様について知っていると思います?

 私だってこれまで何も考えずにお参りしてましたから。



 その上、名前を記される事無く同じハチマン様の名前で呼ばれている神様がいるなんて知ってしまったら、それがどんな神様なのかって興味が湧くのは当たり前じゃないですか?



 ちょうど大学も長期休みに入ったところでしたし、私は友人二人に声をかけ、小旅行も兼ねて出かけないかと誘いました。

 二人も特に予定も無くて暇してたみたいで、別にハチマン様に興味は無いけど旅行には行くと言ってくれました。

 目的地が結構な田舎だと伝えたのですが、都会育ちの二人にはかえってそれが新鮮だったようですね。



 村には泊まれるような場所がないらしいので、隣の町にあるビジネスホテルに泊まることにしました。

 予約の確認をとってみると、三日後なら三人で二泊出来る部屋の空きがあると言われました。

 なので家族には二日ほど大学の課題を消化する為に出かけてくると伝えて出発しました。



 移動はあっちゃんの車で――あ、あっちゃんていうのは、一緒に来た友達の小紫こむらさき敦子あつこのことです。

 彼女の運転する車で半日ほどかけてホテルのある市に到着しました。

 チェックインした時間がまだ少し早かったので、私たちは翌日の下見を兼ねて現地を見てくることにしたんです。



 ホテルから山に向かうように走っていって、30分くらいでこの村に到着しました。

 途中、民家も何もない細い山道を結構進んだので、本当にこんなところに人が住んでるのかな?って不安になりましたけど、テレビだともっと凄い山奥に住んでいる人もいるしなって車内で話してました。



 村を最初見た時の感想ですか?

 そうですねえ……。

 昭和?

 そんなことを思った気がします。





~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~





 なかなかに風情のある景色だな。

 車を降りて村を眺めた、それが最初の感想。

 周囲を山に囲まれ、開墾された平野に広がる田畑。

 ところどころに農具を格納する為だろうか?小さな小屋がぽつりぽつりと見える。


 一応は舗装された道路があるのだが、どうにもそれがアンバランスな印象を受ける。

 こういう田舎には地面剥き出しの道路が似合うと思う。




 鏑木からの電話の翌日、俺は簡単に荷物をまとめて出発した。

 奴が伝えてきた場所はK県にあるM村。

 山間にある小さな村で、かつては農業を中心にそれなりの人口を有していたらしい。しかし近年は高齢化と若者の都会への流出が続き、現在で限界集落といわれる状況にある。


 そんなところにホテルなど無いだろうと予想した俺は隣町にあるホテルに連絡をとった。

 するとナイスタイミングというか何というか、ちょうど翌日から空き部屋が一部屋だけあるとのこと。

 とりあえず三日ほど泊まりたいと予約を入れ、鏑木に伝えた通り、翌日の朝にはK県へと向かう事にした。


 仕事柄車で地方へ行く機会は多い。

 なので長時間の車の運転は苦にはならなかったのだが、目的地が近づくにつれて徐々に理由わけの分からない不安な気持ちが沸いてきていた。


 ホテルに到着し、チェックインを済ませて部屋へと入る。

 外観は結構な築年数を感じさせるホテルだったが、意外にも室内はゆったりとした広さで、ベッドなどの設備も小奇麗なものが揃っていた。


 荷物を床に置いてベッドに腰かける。

 時計を見ると15時を少し回ったところだった。


 目的のM村はここから車で30分ほどのところにあるという。

 一瞬明日からで良いかとも思ったが、特にすることもないので一度下見に出掛けることにした。


 車でホテルを出て北に向かう。

 視界の彼方に連なる山々が見える。

 M村はあの山を一つ越えた先の山間にあるのだとか。

 ホテルのあるR市と同じ市内ではあるが、山に近づくにつれてどんどんと風景は寂しくなっていき、昔から世間とは隔絶された村なのだろうと感じる。


 だからこそ創られたハチマン様信仰なのだろうし、そういった環境だからこそ今の時代にまで残っているのだろう。

 自分たちの住む世界。

 それはこの視界に映る広い世界などではなく、あの先にあるだろう小さな村が全て。

 村の中で生まれ、その生涯を村の中で過ごす。

 自らが祀る神を唯一神として信仰し、凶時にはすがり、吉報には感謝する。村で起こる全てのことをゆだねてきた絶対的な存在。



 因習村。



 そんな言葉が俺の脳裏に浮かんだ。


 閉塞的な空間で継承され続けてきた土地神信仰。

 かつて名も無き神だったものは、その名を受けた事で数百年の時を生き延びてきた。

 消えゆく運命に抗いし存在。


 しかしそれは本当に神なのだろうか?

 名を記す事も忌避されるような存在が真に正しき神なのか?


 もしそんなものが本当に存在するのであれば、この永き時の中をどのような思いであり続けたのだろうか?

 世間からは神と認められず、その真名まなすらも借り物である虚ろな土地神。


 生贄を欲するようないびつな存在であるナニカが、村人たちの信仰を素直に受け取っているとは到底思えなかった。



 ならば狂っているのか?



 ハチマン様と呼ばれるナニカが?



 それともそれを知りつつもあがめ続ける村人たちが?




 それでも神は言うのだろう。



 私は間違いなく神なのだと。




 それでも彼らは言うのだろう。



 狂っているのは世間の方だと。




 行方をくらました三人の大学生。


 そんな狂った村で何が起こったのか?


 ハチマン様はこの件に関係しているのか?



 馬鹿馬鹿しい……。


 俺は何を考えているんだ。

 こんなオカルトなことを考えてしまうのは完全に鏑木のせいだ。

 ハチマン様どうこうはオカルトライターのあいつに任せておけばいい。

 俺は俺。

 鏑木がどんな情報を掴んでいるか知らないが、俺の目的はあくまでも三人を見つけ出すこと。



 たとえそれが物言わぬ変わり果てた姿となっていたとしてもだ……。




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