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クラゲは月にすむ
クラゲは月にすむ
日笠しょう
現実世界現代ドラマ
2025年05月22日
公開日
1.3万字
連載中
2030年。月のウサギが戦争を仕掛けてきて、地球上のクラゲをすべて奪っていった。同年、推しのバンドが解散した。バンドのボーカル<一 九十九>とわたし<神酒コウ>はひょんなことから、一緒に逃避行をすることに。月とクラゲとバンドと映画と与太話。大切なものを取り返す物語

(1)犯罪者はお互い様でしょう

 2030年。月のウサギが戦争を仕掛けてきた。


 曰く、地球で暮らすすべてのクラゲを月に譲渡せよ。さもなくば、核ミサイルで地球を攻撃する。


 世界はこれを呑み、大小問わず、あらゆるクラゲが月に誘拐されていった。水族館でクラゲを見るのが好きだったわたしは、空っぽになった水槽と、空に一筋の煙を残して消えていったロケットを、頭の中で何度も反芻した。


 同年10月。にのまえ九十九、五十嶺真香、四分姉妹からなるガールズバンド『200+1(トゥーハンドレッド オーバーワン)』が解散。トゥーハンの追っかけだったわたしは、さらなる絶望の淵に落とされる。


 クラゲとトゥーハン。人生から、それまで当たり前にあって、これからもあると思っていたものが、いきなり2つもなくなったのだ。嫌にもなる。ウサギ狩りだって考える。


「でも、考えただけでしょ?」


「……そう思う?」


「えっ、マジ? てっきり冗談だと思ってたんだけど。やばいじゃん。コウちゃん犯罪者じゃん。じゃん」


 九十九さんが砂浜に『殺兎者』と指で描いた。ポニーテールが重力に負けて、顔にかかっている。艶感のある金髪は、現役の頃と変わっていない。てっきり染めたのかと思っていたが、本人曰く地毛らしい。


「犯罪者はお互い様でしょう」


「未成年の深夜徘徊? それとも無免許運転? あ、映画の無断上映か? むう、心当たりがありすぎる」


 幕張の海は、風が強い。夏の夜という奴は重役出勤だから、19時を回ってもあたりは薄っすら明るく、仕事を始めるにはまだ早い。わたしたちは砂浜に座り込んで時間を潰していた。


 憧れだった九十九さんが、泥だらけの白いツナギを着て、砂浜に座り込んでいる。蒸し暑さにうなじが汗ばんでいて、後れ毛が首筋に張り付いていた。


 ステージの上でギターを持って飛び跳ねている九十九さんは大きく見えたけれど、実際の背丈はわたしと変わらない。むしろ、少し小さいくらい。


 ライブ中の九十九さんは、いつも輝いていた。わたしと同い年とは思えない大人びた顔立ちに、時折見え隠れするあどけなさ。華奢な体を目一杯使って、観客を、空気を、その世界を、自分のものにしてしまう。


 ハツラツとする彼女に、彼女の大きくてキラキラとした瞳に、そのすべてに、わたしは心を奪われた。


 それに比べて、わたしのなんと地味なこと。髪は真っ黒でくせっ毛だし、目はちっちゃいし、音痴だし。


「いや、その背中に背負ってるの」


 九十九さんはランドセルを背負っている。教科書が入っているわけじゃない。


 その正体は、水槽。


「ユキちゃんか。だってねぇ、これはねぇ、大切なバンドメンバーだからねぇ」


 すべてのクラゲは、月のウサギのものである。一匹とて、隠し持つことは許されない。もちろん、個人でさえも。


 不法所持が発覚すれば、文字通り宇宙規模の問題となる。地球人に逮捕され、地球上で拘留されるならまだ御の字。もし、ウサギに捕まったら……考えたくもない。


 そんなリスクを、九十九さんはこれまた文字通り。一匹のミズクラゲを、水槽に入れて、逃げている。


「よぉし、それじゃ今晩もお仕事始めちゃいますか!」


 九十九さんと2人、中古のキャンピングカーで、わたしたちは逃げ続けている。

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