それはもう学校での授業も終わり、卒業式を待つばかりで自宅自習が続いていた頃。
僕らはお義父さんの持ってる物件で新居も決めて、毎日引っ越しの荷物作りと、水城の仕事終わりに合わせて新居に入れる家具とか買い物にも忙しかった。
結納金代わりにって、家も今の狭いアパートからお義父さんの持ってる物件のちょっと古いマンションに引っ越すことに決めている。
なんか家族まとめて世話になるのは気が引けたけど、見に行ったらほどほど中古で気にするなと言う事だったので、僕らのマンションの近くだし、お父さん達も引っ越すことにした。
不動産って、強いんだなあ。
そうして卒業まであと3日になった頃、机でゲームしてたらスマホに友達からラインが回ってきた。
『タチ公、なんか警察に捕まるらしいぜ』
『学校にパトカー来てる』
僕は息を呑んだ。
きっと、僕のことだ。
“なんで?何でタチ公ってわかった?あの先生、もう辞めるんだろ?”
『クラブに顔出した時、職員室の窓から見えた』
『警察来て、机にいたタチ公呼ばれて校長室入ってったの見た』
『わいせつ?もしかして、みだらじゃね?』
『相手誰だよ、クラスの女子?』
『いい先生だと思ってたのに、マジ裏切られた』
『イケメンだし、女子にもててたじゃん?』
『やり放題じゃね?』
次々とグループラインに、気が遠くなりそうな言葉が飛び出す。
僕は頭でも殴られたような気分で、足下が崩れる恐怖に机に突っ伏した。
早く、早く、知らせなきゃ、知らせなきゃ!
台所にいたお母さんに、思わず飛びついた。
僕は真っ青で、身体がガクガク震える。
「どうしたの?なにがあったの?麻都、しっかりなさい』
「どうしよう、水城が逮捕されちゃう。僕のせいだ!」
僕は言葉が見つからず、スマホをお母さんに渡した。
ラインを見るお母さんを置いて、玄関に走ろうとしてお母さんにグイと驚くほどの力で引っ張られる。
真剣な顔で、凄い女子みたいな素早さで、片手でスマホを操作し始めた。
「落ち着いて、お父さんに連絡するから。1人で行っちゃ駄目だよ!あ!あなた!緊急事態よ!
は?仕事?!そんな物放ってきなさいよ!息子が悲観して死んだら、あなたの首、ねじ切るわよっ!!
あっ、麻都!!ちょっと待って!」
水城からは何の連絡も無い。
涙がボロボロ流れて、僕はお父さんが待てなくて、とうとう1人で飛び出した。
「どうしよう、どうしよう」
お母さんが後ろから叫んで、しばらくすると自転車で追いかけてきた。
「お父さん、学校に直接突っ込むって!
みずちゃん、ハッキリ言っていいのに、きっとうちに迷惑かかると思ってんだわ!」
クソッ!クソッ!
「マジクソーーーー!!誰だよ!チクったの!!」
学校に着くと、警察が来てて中に入ろうとして止められた。
ガチャーン!
お母さんがハアハア言いながら自転車玄関先に放りだして、髪振り乱して土足で上がる。
「ちょっと!はあはあはあ、あんた!はあはあはあ、うち、関係者はあはあ、だから」
驚くほどの形相で、警察官ににじり寄ると思わず警察の人が下がっていく。
「ちょ、ちょっと待って下さい」
校長室の中に走り込んで、中から教頭先生が出てくる。
お母さんと2人職員室に入るよう言われ、何の用か聞いてきた。
「もし警察が立花水城のことで来られているなら、関係者です」
「わかった、ちょっと待ちなさい」
お母さんが、僕の手をギュッと握る。
「大丈夫よ、こう言うときのために急いだんだから」
その一言で、あのいきなり始まった結納に、アッと思った。
あれは、僕らを守る為の親たちが話し合った防衛策だ。
生徒と先生の間で、恋愛関係なんて男も女も関係なくマズい。
僕らは校長室に呼ばれ、うつむいたままで固まってる水城の横に座り、あとから来たお父さんも横に座った。
「実は、立花君と学生が、夜遅く車で……その、逢い引きしてると、えー通報が」
「あ、逢い引きってなに?」
僕が水城にこそっと聞くと、お母さんが「デートの事」とささやく。
「あの!デートって言っても、ただ会ってドライブして趣味の話してただけです。
だって、僕ら元々ゲーム友達だったので、一緒にイベントとか行ってたし」
バッとあのホテルでの一夜が思い出されて、背中を冷や水が走った。
あれは、きっとわいせつ行為になる。
バレたらマズい。
水城は何か話そうとして、やっぱり言葉が見つからない。
思わず僕の手を握り、思い切ったように顔を上げた。
「僕ら、卒業後に結婚するんです」
「は??」
先生達が、顔を見合わせ苦笑する。
「何を馬鹿なこと……男同士で?なんて破廉恥な……」
同性での結婚に、半笑いで首を振るおっさん達に、カッと来たお父さんが一喝した。
「破廉恥とは何です、失礼な。
これは真面目な話なんです。すでに両家で簡単な結納も済ませております。
本人達は卒業までは一線を越えないことを誓って、真面目に交際をしているから我々も認めたのです。
ゲスの勘ぐりで2人の交際を汚れた物にして欲しくありません。
私は親として、結婚までは守ってやる覚悟でおります。
新居も日取りも決まって楽しみにしておりますのに、あなた方はお祝いに水を差す気ですか?
破廉恥などと、不謹慎極まりない。謝罪を希望致します」
ビシッと言い放って、警官と校長達の半笑いが消えた。
お父さん、やだ、カッコイイ!
ウソ、野球見ながらビール飲んでゴロゴロしてるお父さんと同一人物に見えない。
マジ惚れた。やだ、抱かれてもいい!いや、良くない。
「そ、それは申し訳ない。謝罪します。
そう言うことでしたら、出来れば事前に事情を話して下さればと思いますが。
警察の方も、通報を受けて、ただ容疑でお見えなので……、それでは立花君」
水城が立ち上がり、校長と、そして警官達に頭を下げる。
「私は相手方にご迷惑がかかることと思いまして、話すことが出来ませんでした。
お詫び申し上げます。
結婚と申しましても、私の籍に養子で迎えることになっています。
あと3日、麻都くんが卒業を迎えるまで、何卒(なにとぞ)騒ぎにならないようお計らい下さい。
よろしくお願いします」
警官が顔を合わせ、そして挨拶すると帰って行く。
僕らは身体中から脱力して、お母さんが思わずよろめいた。
「ああ!良かった。あら、あたし靴脱いでないわ。
もう、なんかめまいしちゃった」
「もう、お母さん凄い!髪振り乱してさ!」
笑っていると、水城が頭を下げた。
「お義父さん、お義母さん、ご迷惑をおかけしました」
綺麗なお辞儀に、お父さんが思わず咳払いする。
「まだお義父さんは早い」
プッと吹き出し、みんなで笑うと、校長先生達がおめでとうと言ってくれた。
この騒ぎは校内で色んなうわさを呼んだけど、記事にもならず僕はすぐに卒業を迎えた。