冒険者ギルド。ウエスタニア支部。クレーム対応窓口。ここには黒髪の美しい名物受付嬢が居る。
朝も早い時間から、ギルドの受付嬢スルーカは冷めた視線を相手に送る。今、彼女の前に立つ若い男は薬の瓶を手に持ち、その瓶をワナワナと震わせていた。よく見ると、瓶にはヒビが入っている。
男は、瓶をカウンターの上に置いた。瓶に入ったヒビは熱によるものではないかと思われるが……とりあえず相手の話を聞いてみなければ話が見えてこない。
「良いかい。お嬢さん。俺はこのギルドの売店で買った瓶を使ってた。細心の注意を払って使ってたんだぜ。魔物からの攻撃を受けたりした訳でもない」
「はい」
「なのにだ! この瓶にヒビが入っているじゃないか!? 俺は慎重に、薬の瓶は使ってたんだぜ! 俺は魔法使いだ。後衛で戦ってるし、魔物に壊されるってのはあり得ないんだよ! なのにだ。瓶にはヒビが入っている! こいつは弁償してもらわなくちゃならんのじゃあないか!?」
この手のクレーマーはよくギルドに訪れる。こういう手合いは、大抵相手側に問題がある。それを、スルーカは経験で知っている。情報を整理しよう。それが大切だと考えて、スルーカは男に言う。
「まずは、情報を整理しましょう。あなたは冒険者ギルドで薬瓶を買った。それは何の薬が入っていた瓶ですか?」
「何の……? そんなの、何の瓶でも良いだろう?」
「いえ、とても大事なことです」
まずは瓶の中身を確認しておく必要がある。当たり前の話だが、瓶の中身によっては、薬にヒビも入りやすくなる。そんな危ないものをギルドの商品に入れることは考えにくいが、もしかしたらは、あり得る。あり得るのなら、それを考慮しなくてはならない。
「……ポーションだ。魔力ポーションのはずだよ! 俺はこのギルドの店では魔力ポーションしか買ったことがない! はずだ!」
「……はず?」
スルーカの鋭い視線に若い男はたじろいだ。その反応を見てスルーカは確信する。この男は、何か、後ろめたいことを隠している。それを明らかにすれば、この問題は解決するかもしれない。
「はず、とはどういうことですか?」
「俺は……ここの店を最後に使ったのは一年前だよ。それだけだ!」
「一年前のポーションの瓶が割れたことでクレームをいれに来たのですか? あなたは?」
なんてことだ。呆れるというか。こいつは馬鹿なのかとスルーカは思ってしまう。しかし、それでもスルーカに対して男は強気な態度を取ってくる。
「一年前とはいえ、この瓶はここで買ったものだ! なら、この瓶が割れたのはそっちの責任だ! そうだろう!?」
「そうかもしれません。本当に、こちらに比があるのであれば、ですが」
「おまえ、比はこちらにあるとでも言うつもりか?」
「一年も前に購入した瓶が割れたと言われても、困るという話です」
心底面倒くさいとスルーカは思う。ともかく、話を進めよう。
「一年間、同じポーションが入っていたのですか?」
「君は馬鹿か。一年も同じポーションが入りっぱなしなんてことがあるか。俺は魔法使いだもの。魔法を使う度に魔力を使うんだ」
「では、別の薬を同じ瓶に入れていたんですか?」
「そうさ。それが、何か悪いか?」
悪いもなにも、だとすれば確認しなければならないことがある。この男は想定以上に、とんでもない馬鹿かもしれないと思いながら、スルーカは聞く。
「まさかとは……思いますが、自分で作った魔力ポーションを、自分でその瓶に入れる。なんてことは、していませんよね?」
「それは……」
「更に、まさかとは、思いますが……作ったばかりの熱いポーションを瓶にいれたりはしていませんよね?」
「……」
「まさか、何度も……?」
「……」
男が黙った。やはりか、とスルーカは思う。呆れすぎて、ため息が出てしまいそうだ。
「魔力ポーションはマンドレイクの葉を煮詰めて作りますからね。それ事態は問題ありませんが、煮詰めたポーションは当然熱い。そんなものを瓶に入れれば……ギルドで売られている瓶は耐熱性も高いですが、何度も高温の液体を入れていれば、やがてヒビが入る。あなたは、冒険者ギルドの教習を受け直す必要がありますね」
スルーカが見ると、男は黙ったまま、困ったような顔をしていた。困らされているのはこっちの方だというのに、そう思いながら、スルーカはカウンターに置かれたままの瓶を手に取った。
「魔力ポーションが必要でしたら、また新しいものを購入してください。それと、冒険者ギルドの初級冒険者用の教習を受けるように。それするまでは、あなたのクエスト受注の権利を取り下げます」
「そ、そんな横暴が許されて良いと思ってるのか! ギルドの受付嬢ごときが!」
男は狼狽え、たたらを踏む。こういう手合いが言い負かされた顔を見るのがスルーカは好きだ。それを彼女自身性格の悪い趣味だとは思う。
「許されますよ。私はギルド長の実の娘なんですから。ここに立っているのは、好きでやっていることなんです。あなたの冒険者の資格を剥奪しないだけありがたく思いなさい」
男はへなへなと、へたり込んだ。こんなやりとりはスルーカにとって朝飯前だ。