文明が行き渡ったと錯覚する昨今であるが、現代であろうと、山奥の夜は暗い。
深夜の真っ暗な山奥、懐中電灯の小さな明かりだけを頼りに、必死になって穴を掘っている一人の男。
穴を掘りながら男はずっと考えていた。
私は何をやっているのか。どうしてこうなってしまったのか。
人生のどこで間違いがあったのか。
この穴を掘るという行為そのものは、本当に正しい行為なのか。
しかし、そんな堂々巡りの思考を遮るように、男は黙々と身体を動かし、穴を掘り続ける。
息が切れる、汗が滴る。
時々休憩する。空を見上げる。月明かりがぼんやり見える。
その月明かりに照らされて、くしゃくしゃになったブルーシートが、その存在を主張する。
男はそれを見なかったことにする。ただただ、掘り進める。一心不乱に、掘り進める。
そして穴は、ようやく、人一人入れるくらいの大きさになった。
男は一息つく。ブルーシートを見つめる
正確には、ブルーシートの横にある、穴を掘った後の土の山を見つめる。
男は気合を入れると、掘った穴に土を戻し始めた。
ひたすらに人生を顧みながら穴を掘り、特に穴に何か埋めるわけでなく、穴に土を入れて元通りにする。
精神修養の一種だと男は言い張る。
そう言われるならば、特にこちらが返す言葉はない。
穴を元通りにした後、穴掘り用の道具をブルーシートにくるみ、それをトランクに入れ、男は帰宅する。
明日もまた穴を掘りに来るのだろう。通報されたことは幾度となくあるらしいが、今のところ辞める予定はないらしい。
【穴を掘る】