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第40話 『不自由ってぇ、時に自由より良かったりするんだってぇ』

「ピカタ、さん……?」


 【フロンタニクス】の社内でワタシ、引田ピカタのマネージャーである彼女が驚いていた。

 それもそのはずだ。今日は打ち合わせも何もない。

 ワタシが急に来たのだ。


 そんな事は今まで一度もなかったから、マネージャーが驚くのも当然だろう。


「どう、したんですか?」

「あの……」


 ワタシは、身体の中のぐるぐるを感じながら、必死で声を絞り出す。

 苦しい。なんでこんなに苦しい事をワタシは……。

 マネージャーの前にいるのが怖い。顔を見るのが怖い。気持ちを考えるのが怖い。

 それでも、言わなきゃいけないことがある。


「手紙を書いてきました」

「……へ? てがみ?」

「読みます」

「え? ちょっと、あの?」


 呆気にとられるマネージャーを無視して、必死で手紙を取り出し、ワタシは読み始める。


 大丈夫、絶対大丈夫。


 あの人もそう言ってくれたから。


 マネージャーに伝えたいことをうまく言葉に出来るか不安だということをルイジ君に伝えたら、手紙を提案された。


『ほら、配信の時の台本みたいな感じで、ある程度伝えたいこと、言いたいことをまとめておけば』

「ワタシ、台本ない」

『あっ……そうですか。なるほど』

「台本って面倒じゃない?」

『いや、そういう決め決めじゃなくてですね。要点だけまとめておくんです。あと、今までの失敗点とか成功例とか、あとはメッセージとか』

「メッセージ?」

『えーと、ウチのれもねーどはですね』

「あなたのれもねーどじゃないけどね」

『あ、すみません。小村れもねーどはですね、毎回、俺に一言書かせるんです。客観的な言葉って凄く力になるからって。なんで、俺も、あなたの良い所はちょっとキツ目だけど優しいワードセンスです、とか、落ち着いてやれば大丈夫、とか書いたり、あの、します』

「なるほど」


 他人の言葉や、先に決めておくこと、それって面倒だ。

 と、前のワタシなら思っていたはずなのに、ワタシはそれを気付けばメモしていた。


『特にれもねーどは新人の頃は、コメントでキツイ事言われるとパニくってたんで、台本は一応作ってましたね。パニックになった時用にしっかりしたのを』

「そうね。ワタシもさっきパニックになったから書いておいた方がいいかも」

『はい。頑張って考えたことならきっと前もって準備した事でも伝わるはずですよ』

「わかった。ありがとう」

『はい! 頑張ってください!』

「ぁ、あの……」

『はい?』

「あ、した、明日、あの、書いてくるから、チェックしてもらえない? 客観的な意見、欲しい」


 ワタシは何を言ってるんだ。今まで散々他人の意見なんてめんどくさいと言っていたのに。


『勿論! ピカタさんの力になれるなら喜んで!』

「あ……」


 なんだろう。今までワタシは、こういう言葉さえ枷になって面倒だと思っていたはずなのに。

 枷どころか、ワタシの背中を……。


「ありがとう。がんばる」

『はい!』


 電話を切った。ワタシは手紙を書き始めた。

 他人の心を考えるなんてとっても面倒で、それでも、ワタシは考え続けた。


 次の日、約束していたオープンスペースで、ワタシとルイジ君は手紙の確認をしていた。

 目の前で手紙を読むルイジ君はとても真剣で……。


 なんだろう。どきどきする。

 自分の気持ちを読まれるのってこんなにどきどきするのかって自分でもびっくりするくらいどきどきしていた。


 ルイジ君の目は綺麗だった。

 なんでだろう。

 ただただ、ワタシの手紙を、気持ちを、言葉を、読み取ろうとしてくれているのが伝わった。

 こんな目で、Vtuberを、ワタシ達を見てくれているんだろうか。


 それは、なんか、どきどきする。


「……はい、読み終わりました」


 読み終わったルイジ君は……泣いていた。


「え? なんで!? え!?」

「いや、てぇてぇ……! てぇてぇが過ぎる……! Vとマネのこんなにてぇてぇ関係、泣ける……!」


 ルイジ君は、ずっとてぇてぇ、てぇてぇ、言って泣いていた。

 てぇてぇって泣き声の動物みたいだった。


 それがなんだかおかしくて笑ってしまった。


「ピカタさん、大丈夫! 絶対大丈夫です! この手紙なら絶対気持ち伝わります」


 あ。

 なんだろうか。ほんとうに。

 この人の言葉は。

 なんで、こんな、他人を信じられるんだ。

 でも、その言葉はワタシを軽くしてくれて。


「うん、ワタシ、頑張る。伝える」

「はい! あ、そうだ。で! 気合入れる為に、俺、作ってきましたよ! はい! サンドイッチ!」


 そう言ってルイジ君は、サンドイッチを出してくれた。

 卵とベーコンとレタスのサンドイッチ。


「これ食べて元気に伝えてきてください!」

「ぅん……じゃあ、いただきます」


 サンドイッチを包んでいたラップをはがすとすごく良い匂いがした。

 そして、一口。


「おいしい」

「よかったー!」

「……不思議。ルイジ君のサンドイッチはなんでこんなにおいしいの?」

「うーん、そこまでの工夫はしてないんですけど、強いて言うなら、不均等に作ってるからですかね?」

「え?」

「例えば、レタスは満遍なく広げてるわけじゃなくて、ちょっと重なってる所があったり、卵は、敢えて粗く刻んだのと細かく刻んだのを混ぜてます。ベーコンも焦がしたところと丁度いい所を作ってます。ああ、あと塩とかも満遍なくはかけないですね」

「なんで?」

「色んなところがあったほうがずっと楽しめるんですよ。ここは、ちょっと焦げてんな。とか、ここは卵粗いなとか。自分の好きなもんばっかり食べてたらだんだん分かんなくなるんですよね。何が好きだったか。それに、もっともっと好きなものが見つかるかもしれないですし」


 そう言われてもうひと口食べてみる。

 そこは確かにちょっとしょっぱめで焦げていた。

 でも、嫌いじゃない。

 そうか、この人はそんなことまで考えて、このサンドイッチを。


 ワタシは、無我夢中でサンドイッチを食べていた。

 どの味も味わって大切に食べた。

 昨日からぐるぐるしてたお腹の嫌なものは消え失せてあったかい何かに変わっていた。


「ごちそうさまでした」

「おそまつさまでした。じゃあ、がんばってください! 応援してます!」

「ぁの……」

「はい」

「がんばってくる、から、あの、ワタシの手紙にも、あの、メッセージ書いてくれない? ルイジ、君が……」

「了解です!」


 そして、書かれたメッセージ。他人の言葉。なのに、自分の中に沁み込んで


 【大丈夫! 絶対大丈夫! 気持ちは伝わる!】


 ワタシは、そのメッセージを視界に入れながら、手紙を読み続けた。


 マネージャーと出会った時、正直、マネージャーと言う存在自体がちょっと面倒だなと思っていた事。

 でも、彼女はワタシを尊重してくれて自由にしてくれたこと。

 ルイジ君に聞いて、どれだけワタシが自由にやれるようにマネージャーが頑張ってくれてたかを知ったこと。

 それがうれしかったこと。

 いつもマネージャーが褒めてくれた事。

 それが本当は嬉しかったのに、他人と分かち合うのが怖くて、興味ない振りをしていたことに気付けたこと。

 沢山の思い出をもっともっと大切に分かち合えばよかったと後悔した事。


 配信では絶対にならない震える声でワタシは全部つたえた。


「いつもワタシを自由にしてくれてありがとう。もしかしたら、天堂さんの力でワタシはもっと良い配信が出来たのかもしれないけど、ワタシはあなたがいなかったら、ここまで続けられていないし、あなたのおかげで配信できてると思うし、あなたがいなかったら嫌なので………あの、その、めんどくさいVtuberで申し訳ありませんが、これからも一緒にがんばってもらえないでしょ……」


 まだワタシの手紙読み終わってないのに、マネージャーが抱きついてきた。

 想定外だ。手紙の内容しか考えてないのに。

 ああ、またどうするか考え直さなきゃ……。

 なのに、なんでだろう。

 全然面倒くさくない。


「あの、はい、はい! 私は、あなたの、引田ピカタのマネージャーです。私が、引田ピカタのマネージャーなんです!」

「うん。あなたがワタシのマネージャー、です」


 会社の中で泣きだしたマネージャーを落ち着かせるのはちょっとめんどくさかった。

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