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「悪霊ちゃんは、契を結びたい」
「悪霊ちゃんは、契を結びたい」
ゆる
ホラー怪談
2025年05月22日
公開日
1.8万字
完結済
民俗学専攻の大学生・阿川真司は、古い伝承を追いかけて山村を訪れる。 しかし村人たちは、何も知らないふりで「祠には絶対近づくな」と頑なに警告してくる。 その“禁忌”にうっかり足を踏み入れてしまった瞬間から、真司の平凡な日常は終わった――。 なぜかやたらと“契り”たがる女の幽霊。 ホラーなのにどこか抜けていて、テレビやスマホ、ついには鏡や風呂場からまで現れる! 怖いのに…滑稽で、でもやっぱり怖い。 どこまでも追いかけてくる“契り”系悪霊と、逃げても逃げてもまともに日常に戻れない大学生の、 現代ホラー(?)逃亡劇コメディ!

第1話 封じられた村の禁忌

来訪と警告




 カーナビの画面に表示された道は、もう数分前から点線に変わっていた。

 舗装が途切れた山道を、阿川真司の軽自動車は軋みながら進んでいく。




「マジかよ……本当にこんな場所に村なんてあるのか?」




 エアコンの風が、まだどこか土臭いのは、外気導入モードを切り忘れていたせいだ。

 車内に広がる土と苔と杉の香りが、都会育ちの真司には妙に非日常的だった。




 大学三年、民俗学専攻。

 卒論のテーマは「現代に残る口伝と禁忌」。

 地道に調べて見つけた“消えた伝承”を追い、資料の一文だけに載っていたこの村まで足を運んだのだ。




 だが、たどり着いた村は思いのほか静かで、拍子抜けするほど古びていた。

 小さなバス停、郵便局の古びた赤いポスト、あとは民家が十数軒、山の斜面に張り付くように並ぶだけ。




 車を村外れの空き地に停めて、カメラとノートを肩にかける。

 スマホは一応持ってきたが、さっきからアンテナは一本きりだ。




(これ、もし遭難しても絶対助け来ないやつだな……)




 少しばかりの不安を胸に、村の中心部に歩いていく。

 と、早速、一人の中年女性が畑の前で腰を伸ばしているのが目に入った。




「すみません、このあたりの昔話や伝承について、何かご存じありませんか?」




 丁寧に頭を下げて尋ねると、女性はぴくりと肩をすくめ、顔をそむけてしまう。




「伝承? さぁ……昔のことは知らないよ。あたしも若いころからここに住んでるけど……今は何もない村だよ」




 それだけ言うと、もう一度鍬を手に取り、無理やり話を切り上げる。




(うーん、思ったより協力的じゃないな……)




 気を取り直して、道を進む。

 今度は、庭先で日向ぼっこしていた老人を見つけ、声をかけてみる。




「あの、こんにちは。大学で民俗学を専攻している者です。村の古い伝承や祭りについて、少しお話を聞かせてもらえませんか?」




 老人は、縁側で渋茶をすする手を止めてこちらを見た。

 しわの深い顔が、微かに険しくなる。




「昔話なんぞ、もう誰も覚えちゃいねぇよ。今は皆、日々の暮らしで精一杯だ」




「そうですか……村の資料にも、何か封じられた伝承があると書いてあったので、つい興味を持って……」




「そういうもんは、な――い!」




 老人は、言葉を強調するように手を振ると、急に黙り込んだ。




 他にも数人、村人を見かけるたびに声をかけたが、返ってくるのは「知らない」「もう何も残っていない」といった言葉ばかり。

 まるで誰かに口止めされているかのように、誰も古い話を語りたがらない。




(……妙だな。これじゃ肝心の調査が進まない)




 日も傾きかけ、村の端まで歩いてきたとき――




 かすかに歌声が聞こえてきた。




「さっちゃんはね 線路で足を なくしたよ……」




 振り返ると、小学生くらいの子供たち三人が、古びた祠の前で石蹴り遊びをしながら、どこか不気味な節回しで童謡を口ずさんでいた。




(え、今どき「さっちゃん」?)




 都会じゃもう誰も歌わないだろうし、ネットの都市伝説ネタで知っているだけのはず。

 しかし、この村ではごく普通の童歌として残っているのかもしれない。




 真司は子供たちに近づき、できるだけ優しい声で話しかける。




「ねえ、君たち。この祠は何が祀られてるの? ここって昔からあった?」




 その瞬間、三人の顔色がさっと青ざめる。

 一人が「やば……」と呟いたかと思うと、蜘蛛の子を散らすように逃げ出してしまった。




「えっ、ちょ……なんでそんなに怯えるの?」




 ぽつんと残された真司は、見上げるような大きなしめ縄が張られた祠を見つめる。




(……さすがに不気味だな。やっぱり何かあるのか?)




 何も語らぬ村人たち、祠に近づくと怯えて逃げる子供たち――

 この村には、まだ「何か」が残っている。




 気がつくと、畑で作業していた老人が、じっと真司を見ていた。




「お若い人……その祠には絶対に近づいちゃいけねぇよ」




「え、どうしてですか?」




「呪われるんだ。村の誰も、あそこに入っちゃいけねぇってのが決まりなんだ。昔からな」




 老人は本気の顔で言う。




「でも、誰かが祠を管理してるみたいですね。しめ縄も新しいし、ろうそくの跡も……」




「誰がやってるかなんて、考えちゃいけねぇんだよ。いいか、絶対にだ。絶対に――」




 老人は、どこか芝居じみた口調で言葉を繰り返した。




「……あの、ダチョウ倶楽部って知ってます?」




「ん? お笑い芸人だろ?」




「……いえ、なんでもないです」




 この異様な念押しに、逆に“入れ”と言われているような気がして、真司は内心苦笑いするしかなかった。




(……しかし、あの祠には、間違いなく何かある。調査の価値は、十分すぎるほどだ)




 日が傾き、村の静けさがますます濃くなっていく。




 真司は、夕焼けの中で決意する。

 「禁忌」に足を踏み入れる覚悟を――。




ご指摘ありがとうございます。それでは、**第一章「封じられた村の禁忌」下編(禁忌への一歩)**として、祠に入る決意から、禁忌の木祠に触れ怪異が始まる瞬間まで――第2章以降の要素(脱出劇や老婆の追跡など)は入れず、あくまで「村の封印を破る一歩」までのラノベ小説として2000文字以上で書き直します。



「禁忌への一歩」




 夕暮れ、村の端。

 真司はひとり、人気のない山道を歩いていた。昼間に見つけた、あの祠の前に、また立っている。




 目の前に鎮座する古びた祠。入口には新しめのしめ縄がぴんと張られている。

 そのしめ縄を前に、昼間の村人たちの“絶対入るな”の声が何度も頭をよぎった。




 ――本当に、やめておくべきなのか?




 民俗学を志す身として、タブーや禁忌は、どうしても確かめたくなってしまう。

 しかも、この村の異様な雰囲気。伝承を守るためか、それとも“本当に何かある”のか――。




 悩みながらも、祠のしめ縄を指でつまみ、静かにまたいで中へ入る。

 小さな罪悪感を抱えながらも、心のどこかが高揚していた。




 内部は思ったよりも広く、洞窟のように奥へ奥へと続いている。

 地面はしっとりと湿り気があり、足元の石を踏むたび、かすかな音が響いた。




 壁際には間隔をあけて蝋燭が立てられている。

 その多くはすでに溶けかけているが、一部は比較的新しい。黒く煤けているが、ついさっき誰かが灯したようにも思える。




 ――伝承なんて無い、と言ったくせに。

 やっぱり、誰かが何かを守ってるんだ。




 蝋燭の灯りが作る陰影は、どこか現実離れしている。

 真司は、自分の呼吸だけが洞窟の中で異物のように響くことに気づいた。




 進むたび、奥の闇が濃くなっていく。

 胸の奥がざわざわする。不安と期待と恐怖がごちゃ混ぜになったような、妙な感覚だった。




 やがて、最奥に小さな木の祠があった。

 祠は湿気と年月で苔むしているが、どこか“最近触られた”ような気配もあった。新しい手跡のような痕、そこだけ埃が拭われている。




「……これが、この村の本当のタブー……?」




 思わず呟く。

 引き寄せられるように、祠の表面に指を伸ばす。

 そっと、祠の側面に触れた。




 木は驚くほどもろく、わずかな力でボロリと崩れた。

 その瞬間、周囲の空気がぴたりと止まったように感じる。




 ――パチ、パチ……

 蝋燭の芯が小さくはぜる音が、やけに耳についた。




 次の瞬間――




「契りを結ぼうぞ……」




 誰もいないはずの洞窟に、低く湿った女の声が響いた。




「……え?」




 背筋が氷のように冷たくなる。

 自分の幻聴か? だが、声は確かにすぐ近くで聞こえた。




「だ、誰かいるのか?」




 そう呼びかけても、返事はない。

 しかし、洞窟の奥から、いや、祠の隙間から、何かがこちらをじっと見ている気配――。




 息を呑んだその時、

 今度は“くつくつ”と女の笑い声が聞こえた。




 さっきまで無音だった洞窟に、ゆっくりと響き渡る、湿った笑い声。

 しかも、それが一つではない。祠の奥、洞窟の壁、真司のすぐ背後――さまざまな場所から、何重にも重なっているように錯覚する。




 さっきまでの理屈や好奇心は、一瞬で吹き飛んだ。




「や、やば……!」




 後ずさる足が石にひっかかる。

 もう一度、蝋燭の灯りで周囲を見回す。誰もいない。




 けれど、女の笑い声は止まない。

 それどころか、だんだん大きく、愉快そうに変わっていく。




(これは、本当にやばい――!)




 真司は全身の筋肉を総動員して、祠の前から逃げ出す。




 蝋燭の列を駆け抜け、洞窟の天井に自分の息が反響する。




 出口が遠い。

 自分が走る音、心臓の音、背後で笑う女の声――全てが渦を巻く。




 蝋燭の影に怯えながら、ただひたすら走る。




 ようやく外の夕闇が見えたとき、真司は汗と恐怖で、膝が震えていた。




 背後では、まだくぐもった声が洞窟の奥から響いていた。

 祠の木片を手に、必死で自分を落ち着かせようとする。




「……大丈夫、大丈夫……」




 でも、どこかで、

 “本当に戻ってはいけないもの”を解き放ってしまったのでは――

 そんな直感が、真司の胸をしめつけていた。




 夜の山村に、静かに、しかし確実に“なにか”が目を覚ました。



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