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第6話 それから

 しかし、いいことばかりではない。

 彼はお遊びの傍ら、私に容赦のない鍛錬を課した。

 毎朝の山登り。水筒やおやつは全部彼が持ってくれていたものの、険しい山を何往復もすると吐きそうになった。

 また、お手製の檻に閉じ込められ、脱出を試みろと命ぜられた。毎日が何気に命がけだった。

 私は友達に飢えていたぼっち女児。最初はかまってくれさえすれば、何をするのも楽しかった。

 しかし日々増えていく生傷に、ある日、ハッと気づいたのだ。

 ちょっと待って。

 私は、彼は一体何を目指しているの?


「もうやめる! こんなの全然楽しくないよ!」


 ある日、とうとう我慢できなくなって抗議した。

 私はアスリートになるつもりはない。幼児らしく、平和なお遊びを楽しみたいだけだ。

 幼女なのに、うっすら筋肉さえつき始めている。そんなものいらない。マジで困る。


「……はあ? 俺の仕事を手伝うと言ったよな? あれは嘘か?」


 ぎろりと睨まれ、背中に冷たい汗が浮かぶ。


「……その事なんだけど、お仕事って……具体的に言うと何?」

「世界を滅ぼす」

「ぎゃーーーーー」


 先延ばししていた命題に向き合わされ、私は頬を両手ではさみ、絶望の叫び声をあげる。

 正直に言います。

 そんな事だろうと思ってた!!!!


 じわじわと思いだしたのだ。祠が今壊されっぱなしで、この人は魔物だって事。

 世界は危機にさらされている!


「俺を止めるだけの力をつけてやってんだ。感謝しろ」

 彼はにやりと笑いながら言った。

「え? じゃあ、私、手伝わなくていいの?」

「ああ」


 ぱあっと目の前が明るくなる。


「で、でもどうして」

「お前と遊んでる方が面白いからな」


 あっさりと彼はそう言って、


「わかったな? 世界の運命はお前が握っているんだぞ」


 私の事をじっと見つめた。


「ラジャ!」


 私は背筋を伸ばしてそう言った。

 責任重大。


(でも……)


 目の前にミンチになったタケシ君の姿が浮かび上がる。

 私のせいで失われた命。辛くて苦しくて申し訳なくて時を巻き戻したいと一瞬で思った。

 あんな後悔は二度としたくない。


「でも、止められるのかなあ。私なんかに…」


 気弱な声をあげる私の頭をポンポンと叩き、彼は両目を細めて言った。


「お前は祠を壊した女だ。自信を持て」

「……余計に不安なんだけど」


 溜息をつきながらも私はひそかな覚悟を決めた。


 ◇


「と言うわけで、それから10年一緒にいます……」

 4月。桜が咲き誇る美しい季節。

 彼、咲夜(さくや)と共に並び、私は自己紹介を済ませた。

 限界集落を出て、都会の中学校へと進学した私たち。

 黒髪を束ね、白い和装に刀を携えた彼は、江戸時代を舞台に繰り広げられる二次元アイドルさながらである。

「魔物が幼馴染だなんて」

「素敵……!」


 女生徒たちの熱い眼差し。

 そう。咲夜は日を経つにつれ、凄まじい迫力の美形へと変化した。

 そして私と一緒に世界を守っている。

 世界を滅ぼすつもりだった彼が、何故守る側に回ったのか。ぼっち女児の、涙なくしては語れない、さまざまなエピソードがあるのだけれど。

 そのお話はまた別の機会に。


 おしまい


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