しかし、いいことばかりではない。
彼はお遊びの傍ら、私に容赦のない鍛錬を課した。
毎朝の山登り。水筒やおやつは全部彼が持ってくれていたものの、険しい山を何往復もすると吐きそうになった。
また、お手製の檻に閉じ込められ、脱出を試みろと命ぜられた。毎日が何気に命がけだった。
私は友達に飢えていたぼっち女児。最初はかまってくれさえすれば、何をするのも楽しかった。
しかし日々増えていく生傷に、ある日、ハッと気づいたのだ。
ちょっと待って。
私は、彼は一体何を目指しているの?
「もうやめる! こんなの全然楽しくないよ!」
ある日、とうとう我慢できなくなって抗議した。
私はアスリートになるつもりはない。幼児らしく、平和なお遊びを楽しみたいだけだ。
幼女なのに、うっすら筋肉さえつき始めている。そんなものいらない。マジで困る。
「……はあ? 俺の仕事を手伝うと言ったよな? あれは嘘か?」
ぎろりと睨まれ、背中に冷たい汗が浮かぶ。
「……その事なんだけど、お仕事って……具体的に言うと何?」
「世界を滅ぼす」
「ぎゃーーーーー」
先延ばししていた命題に向き合わされ、私は頬を両手ではさみ、絶望の叫び声をあげる。
正直に言います。
そんな事だろうと思ってた!!!!
じわじわと思いだしたのだ。祠が今壊されっぱなしで、この人は魔物だって事。
世界は危機にさらされている!
「俺を止めるだけの力をつけてやってんだ。感謝しろ」
彼はにやりと笑いながら言った。
「え? じゃあ、私、手伝わなくていいの?」
「ああ」
ぱあっと目の前が明るくなる。
「で、でもどうして」
「お前と遊んでる方が面白いからな」
あっさりと彼はそう言って、
「わかったな? 世界の運命はお前が握っているんだぞ」
私の事をじっと見つめた。
「ラジャ!」
私は背筋を伸ばしてそう言った。
責任重大。
(でも……)
目の前にミンチになったタケシ君の姿が浮かび上がる。
私のせいで失われた命。辛くて苦しくて申し訳なくて時を巻き戻したいと一瞬で思った。
あんな後悔は二度としたくない。
「でも、止められるのかなあ。私なんかに…」
気弱な声をあげる私の頭をポンポンと叩き、彼は両目を細めて言った。
「お前は祠を壊した女だ。自信を持て」
「……余計に不安なんだけど」
溜息をつきながらも私はひそかな覚悟を決めた。
◇
「と言うわけで、それから10年一緒にいます……」
4月。桜が咲き誇る美しい季節。
彼、咲夜(さくや)と共に並び、私は自己紹介を済ませた。
限界集落を出て、都会の中学校へと進学した私たち。
黒髪を束ね、白い和装に刀を携えた彼は、江戸時代を舞台に繰り広げられる二次元アイドルさながらである。
「魔物が幼馴染だなんて」
「素敵……!」
女生徒たちの熱い眼差し。
そう。咲夜は日を経つにつれ、凄まじい迫力の美形へと変化した。
そして私と一緒に世界を守っている。
世界を滅ぼすつもりだった彼が、何故守る側に回ったのか。ぼっち女児の、涙なくしては語れない、さまざまなエピソードがあるのだけれど。
そのお話はまた別の機会に。
おしまい