船が浮かんでいる。
海の上を浮いているのではない。文字通り空中を飛んでいた。
眼下に広がるのは見渡す限り真っ白な雲の海、雲海。
そして、その船を囲うように、多くのこれまた空飛ぶ船が浮かんでいる。
「空賊だ!」
包囲された船の上で、人々が叫ぶ。
「直ちに帆を畳み、全ての積荷を甲板上に並べろ! これから我々が乗り込む!」
空賊と呼ばれた包囲している側の空飛ぶ船から怒号が飛ぶ。
包囲された側の空飛ぶ船、——艦首に「メアリー護衛商船」と書かれているのでそう呼ぼう——の人々が怯えている。
「みんな心配ないよ。あんな奴ら、ボクとボクの相棒が倒しちゃうからね!」
そんな中、その声はメアリー護衛商船の内側から聞こえた。頼もしくも可愛らしい女の子の声だ。
「メアリー護衛商船団よりこちらを包囲する空賊に告ぐ。直ちに包囲を中断し、この空域から退去しろ。さもなくば、実力で排除する」
メアリー護衛商船からそんな声が響く。
「こいつ、ただの飛空挺じゃなくて、
突然の声に空賊と呼ばれた人々が驚くが、それも一瞬のことだ。
「だが、何が護衛商船団だ。どうみても単挺じゃないか。単挺で何が出来る!」
男達が手元の拳銃らしき武装を構える。その先端には銃口ではなく銛のような機構がついている。
「そっか。残念だよ。ボクら、警告はしたからね。じゃ、やっちゃって、相棒」
「了解した」
そのやりとりの直後、白銀の巨人がメアリー護衛商船から飛び上がり、背中と脚部から炎を吹かしながら空中へと身を躍らせる。
「なんだ!?」
「巨人族か!?」
空賊達がその様相に驚く。
白銀の巨人の中で、一人の青年、マモル・クツナが二本のレバーと二つのペダルに足と置いて、ゴーグルを顔につけて息を吐いた。
「よし、行くぞ」
二本のレバーについている複数のボタンのうち、右人差し指で押せるボタンを短く二回タップした上で、長押しする。
白銀の巨人の右手が腰にマウントされていた巨人サイズのライフル銃を握る。
「なんだ、ありゃあ、蒸気銃か!?」
「お前ら、回避だ、衝撃に備えろ!」
空賊達が慌てて怒号を交わし合う。
しかし、もう遅い。
既にマモルは視界に表示された
「すまんな」
右親指のボタンを押すと、白銀の巨人がライフル銃から重金属粒子を加速させた赤いビームが放たれ、正面の飛空挺を貫通する。
それは飛空挺に浮力を与えていた魔法結晶を砕き、正面の飛空挺は沈み始める。
「し、沈むぞ!!」
「なんなんだありゃあ! 蒸気銃じゃねぇぞ」
突然の事態に空賊達が泡を食う。
「よくやった相棒。フルセイルで一気に突破する! でも、ビームライフル使った件については後で話し合おっか」
メアリー護衛商船が大きく四方の帆を広げ、加速し始める。
「あ、待ちやがれ!」
慌てて、メアリー護衛商船を包囲していた残りの飛空艇が同じく帆を広げて、加速を始める。
「おっと、いいのかなー?」
再び女性の声が響く。
直後、メアリー護衛商船の甲板後部に白銀の巨人が背中と脚部から炎を吹かしながら着地する。
「いったーい、ちょっとハードランディングすぎるよ!」
「すまない。推進剤をケチりたかった」
そして、後方から追い縋る飛空挺に向けてライフル銃を向ける。
「とっと、そうだった。これ以上ボクらを追いかけるなら、ボクの相棒が全員沈めちゃうぞ!」
その言葉に空賊達は思わず動揺する。
飛空挺は大事な財産だ、失われるのは恐ろしい。いや、それ以前にこの場で飛空挺が沈めば、全員、
「お、覚えてろよ!!」
結論として、空賊達は撤退を選んだ。
やがて、メアリー護衛商船は空飛ぶ島へ辿り着く。島の淵にある町には複数の桟橋で構成された港がある。
そして、何より目を惹くのは島の中央の方向に見える天を衝かんというほどの巨大な塔だろう。
「はーい、到着だよー」
メアリー護衛商船から聞こえるその声に合わせて、メアリー護衛商船にお礼を言いながら人々が自分の荷物と共に桟橋へと飛び移っていく。
やがて、人々が船の上から全くいなくなったのを見計らい、白銀の巨人も桟橋へと飛び移る。
「ふぃー、疲れたー!」
そして、ぴょんとメアリー護衛商船が桟橋に向かって接近し、白く光ったと思ったら、桟橋の上に青く長い髪をした少女が立っていた。
「お疲れ様、メアリー」
白銀の巨人が跪き、胸のハッチが開いてマモルが降りてくる。
「そっちもお疲れ様、マモル。あ、でもビームライフル使ったよね、君。あの弾丸調達するのすっごく大変なんだから、使うの控えてっていったはずだけど?」
メアリーは人差し指をビシッと突きつけ、赤い瞳でマモルを睨む。
「それは申し訳ない。だが、初弾かつ一撃であれを撃沈し、他の艦艇を牽制するには他の武器では不十分だった。君の方針である犠牲は可能な限り少なく、に叶う結果だと思うが、どうだ?」
対するマモルは何も動じず冷静に反論する。
「ん、んー。まぁそういうことなら、一撃だったし仕方ないのかな……。あ、でも
「あれこそ申し訳ない。だが、あれも推進剤を大事にするためだ。もし敵があれで投降しなかった場合、最も最適な戦闘オプションはプラズマセイバーによる白兵戦になる。その時、推進剤が少なければ満足に戦えない」
「ん、それは確かに仕方ないか。君が落ちちゃったら大変だもんね」
やはり冷静なマモルにメアリーは頷くしかない。
「あの……お嬢ちゃん、さっきの飛空挺だった子よね?」
そこに一人のおばあちゃんが声をかけてくる。
「あ、お孫さんに会いに来たおばあちゃん! うん、さっきまで君が乗ってた飛空挺は
その言葉に堂々とメアリーが応じる。
「さっきはありがとうね。空賊に襲われた時はもうダメだと思ってたけど、頼りになる巨人さんを連れてるんだねぇ」
そういって、おばあちゃんが手元の皮袋から黄色い果実を差し出す。
「これ、孫と一緒に食べる予定だった果実なんだけどねぇ、よかったらお二つどうぞ」
「わぁ、ありがとう! 見て見て、マモル、追加報酬だよ」
メアリーが嬉しそうに微笑み、果実を受け取った上でマモルに振り返る。
「軍人としては特別なことをしたつもりはないが……。それは、蜜柑のようなものか?」
「セッコウオレンジだよ、知らない?」
「まぁ、多分、知らないな」
「そちらの方は……まぁ、巨人さんから出てきたの?」
そのやりとりを見て、おばあちゃんが驚く。
「宇宙連合軍所属、
「宇宙連合……軍……?」
おばあちゃんの疑問にマモルは敬礼して応えるが、おばあちゃんの頭の上にはクエスチョンマークが浮かんでいる。
「あー、もう。マモルはボクの相棒なんだ。この巨人、トネリコは……乗り込み型のゴーレムの最新型みたいなものなんだよ」
「いや、トネリコは立派な科学技術の……」
「マモルは黙ってて」
「ムゥ」
「はぁ、そうなの。どちらにしても、二人ともありがとうね。二人はこれからどこに向かうの?」
「それはもちろん、ただ一つだよ。大地を失い、ジッグラトにしがみ付く島々で生きるこの世界にあって、唯一単独で浮遊しているとされる伝説の浮遊大陸——」
「そして、俺が元の世界に戻る鍵とも思われる場所——」
「アルカディアさ」「アルカディアだ」
二人の声が重なる。