§1 私を見ないで
人々がスマホを手放し自らが電脳化することでネットにつながるようになったけれど、義体化は病気治療用にしかまだ用いられていない頃のお話。
今日、初めて僕はエリカとデートをすることになった。クラスで一番かわいくて、芸能人も逃げ出してしまいそうなエリカと一緒に出掛けられるなんて僕は夢のようだった。そんなエリカをデートに誘えたのはひとえに人気のテーマパークに新たなアトラクションができたからだった。僕はその先行入場券を手に入れて、エリカの気持ちを捕まえることに成功したんだ。
エリカと新しいアトラクションを待つ時間は電脳をつないでゲームをしていた。このテーマパークのお化け屋敷で提供されているアプリで待っている時間も楽しませてくれる演出だった。電脳化率が90パーセントを超えるようになって、どんなことでも家にいながら体験することができるようになった。だから今時アトラクションに実際に乗り込んだりすることがほとんどなくなったのに、このアトラクションは昔の生活がテーマらしくて、歩いて建物の中を進まなければいけない。ほかの参加者とは合わないように時間をずらし入場する。中に入るときには電脳を自閉モードにすることが推奨されているくらい、ネットから切り離された体験が売りらしい。
いよいよ待ちに待った順番が回ってきた。僕は電脳を自閉モードにしようとエリカに行ったけど、エリカは電脳が働かない状態なんて信じられないといって、嫌がった。だから僕もエリカと一緒にネットをつないで中に入った。僕はエリカとアトラクションの中を進む。お互い無言だけど電脳でものすごく会話を楽しんでいた。
でも突然エリカの声が途絶えた。キョロキョロとしていると、床にうずくまっているエリカがいたので電脳を通じて声をかける。でも反応がないのでおかしいと思ったら、ここは電脳遮断区域だったみたいだ。電波が一切入らない仕組みのようで、ノイズも聞こえてこない。だから自閉モードが推奨されていたんだ。
僕はエリカに駆け寄って、肩をたたいて僕本来の声をかける。
「来ないで、わたしを見ないで!」
エリカが泣き叫んでいた。エリカってこんな声だったろうか?僕が知っているエリカと違う気がするが来ている服はエリカのものだった。
「どうしたの?」
僕が声をかける。
「このまま、私のことを見ないで帰って、私のことは置いて行って!」
「僕なんか悪いことした?」
「違う、違うの。でも私を見ないで!」
「見ないでって言われても……」
僕がエリカを見るとエリカは顔を抑えて泣いていた。手の隙間から見えるエリカの顔は僕の知らない人のものだった。
僕は一人で帰ることにした。アトラクションから出るときに今では珍しくなった紙のチラシをもらった。
「このアトラクションは皆がなくしてしまった人本来の姿があります。自分に嘘をついている人、人に嘘をついている人は利用しないでください!!」
エリカは僕の※目を盗み、耳を盗み、エリカ自身の姿を変えていたのだろう。だから完全にネットから遮断された空間に入ったことで本来のエリカの姿が現れたのだろう。それを見られたくない。そう言うことなんだろう。だけど、僕は顔を抑えて泣いていたエリカが今までで一番かわいく思えた。
「今度、もう一度電脳を自閉モードにしたデートを申し込んでみよう」
僕は一人電車に乗った。
※電脳に侵入し目や耳の機能を変更し本来とは別の状況を見せたり聞かせたりすること