§2 N氏の災難
N氏はいつも同じことを考えていた。
「時間が止められないかなー、もし時間が止まったら、あんなことやこんなことできるのに。」
あんなことやこんなことが真っ当なことであるはずがない。真っ当なことであれば、わざわざ時間を止める必要がないのだから。
そんなN氏の願いを叶えてやろうという者が現れた。悪魔である。悪魔は言った。
「お前の望み通り時間を止めてやろう。その中でお前の時間だけは動かしておいてやる。その代価はお前の魂だ。どうだ、この話に乗るか?」
N氏は二つ返事で悪魔の申し出に飛びついた。
「では、契約書にサインをもらおうか。これでお前の望みは叶えてやる。特別サービスだ。いつ時間を止めてほしいか希望を聞いてやろう。」
という悪魔にN氏は答えた。
「今すぐに。時間が止まってしまえば何でも好きなことができるだろう。待つ必要なんかないよ。」
勢い込んでそう言うN氏に、悪魔は笑いながらうなずいた。
「そうか、そうか、ではすぐにでも時間を止めてやろう。そしてお前が死んだときにはお前の魂は私のものだ。」
そう言って悪魔は指を鳴らした。
その途端、N氏は息ができなくなった。体を動かそうとしても、何かにがっちりと体を固められ、全く動くことができなくなった。息ができずもがきたいが、完全に体を固められたN氏は、万力で全身を締め上げられるような痛みと酸欠の苦しみの中で悪魔の声を聞いた。
「時間が止まればすべての物質の動きは停止する。だからお前の周りに空気も動くことはなく、息も吸えなくなるし、動きたくても動けなくなる。僕は肉体を持たないからこんな状況でも動けるけどね。」
そう言うとニヤッと笑い、
「それと、お前の魂が代価じゃ、時間を止めるなんてことをしたら、とんでもなく赤字になっちまう。だからお前には時間を止めた結果だけ提供してやった。」
N氏は悪魔の言っていることを理解できなかった。もう考える力が残っていなかった。N氏が最後に聞いた言葉は、
「毎度あり」
だった。