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2.マジカルガール・御堂沙織の日常

 ――んだが。

 眠ってる場合じゃあ、ないんだぜ。

 キヨちゃんが枕にしている右腕は諦めて、左手でスマホを取り上げる。

 気怠くスワイプしながら、書きつけた構想のメモを眺め返した。


 ――遊星魔団の魔人が同級生で幼馴染の女子、寧々ねねを襲う。

 危機を知って駆けつけた沙織さおりは、寧々を助けようとする。

 しかし、変身すれば隠してきた正体がバレてしまう、ピンチ。

 身に着けた古武道の技を駆使し、生身で応戦。寧々の救出に成功する。

 しかし、遊星魔団の魔人は、いつもどおり巨大化して――


 と、ここまでが二九話の内容だろ。

 で、これから書く三十話は……。


 ――沙織は巨大魔人を倒すため、寧々の前で変身を決意。

「寧々ちゃん、わたし行かなきゃっ」

「なに言ってるの? 行くってどこへ?」

 沙織は寧々の前でマジカルガール1号・サオリーナに変身。

 空を飛んで巨大魔人を追う。

 驚きながらも、感動し、羨望の眼差しで見送る寧々。

 必殺技で魔人を倒し寧々の元に戻った沙織。寧々に秘密を打ち明ける。

 秘密は守ると約束する寧々に、沙織は安堵するが。

 秘密を守る条件にと、寧々は沙織に百合な関係を迫ってきて――


「うーん、こんなもんかなあ……」

 孤独な人間は独り言が増えるというが、独りで小説の構想をあれこれしてるときは、ついぶつくさしてしまう。

「あとはなあ、寧々をこの先、どうしてくかだよな。いっそ――」

 四人目のマジカルガールに、する?

「……ん、んん……ねねちゃんて、だれ……」

 あ。うっかりした独り言が、眠り姫を邪魔したらしい。

 色っぽい鼻声を漏らして、キヨちゃんが俺の胸ににじり寄る。

「あれえ、もう朝ぁ?」

「いんや、まだ一時前。夜中の」

 甘ったるい息が喉を這う。舐められたみたいに感じて、ぞくりとした。

「あ、小説書いてたんだ。ねえ、続きできたの?」

「いんや、まだ。これから執筆」

「あ……もしかして、今夜書くつもりだった? ごめんね」

 キヨちゃんの頭に口を寄せて、唇をふさいでやった。

 たっぷり時間をかけて吸ったのは、悪くないよのしるしのつもりだ。

「あらすじだけあるんだけどさ……どうかな」

 と、横から覗き込むキヨちゃんに画面を向けた。

 実はキヨちゃん、俺が投稿している連載小説の、読者だ。

 残念ながら未登録読者だから、評価のポイントは入らない――が、面と向かって一番に素直な感想をくれるから、俺にとってはいっとう大事な読者様だ。

「前から思ってたんだけどさ……」

「なんだよ」

「なんかこの話の設定さあ、昔やってたアニメに似てない?」

 ちいとばっかり、痛いところをつつかれた。

「かもな。姉貴が好きだったアニメがあんの。オマージュだよ、お・ま・あ・じゅ」

「おまんじゅう?」

「たぁく……キヨちゃん、ほんとに高校出てんの?」

「いいのいいの、最近は大学生でも分数の計算できないのがいるんだから」

「マジか」

 俺より頭が下にある人間でも大学って行けるのか――金、あればなあ。

「へへー、あたしもできないけどねー」

 天使みたいに笑って、キヨちゃんがヤべぇことを吐きだした。

 これでウチの工場経理を仕切ってるってんだから、社長のやすさんは不安じゃないのかね? それとも、エクセル様のおかげなのか――

「さて……」と、身体を起こした。右腕は痺れたままだ。

「俺、帰るね」

「泊まってきなよう」

 そうしたいところだが――洗面所に増えた新品の歯ブラシが気にかかる。

「五発目まで抜かれたら、さすがに足腰立たないからさ」

「もう二回はイけるくせにぃ」

「お楽しみは、また今度ね」

 着替える俺の下半身を、キヨちゃんは名残惜しそうに凝視していた。

 俺もちーとばっかり、後ろ髪を引かれるが……書きたい気持ちが、先立ってる。

「カレー、美味かったよ。ほんと」

 玄関先で別れの挨拶を告げる俺に、キヨちゃんは〝えへん〟と胸を張った。

 ノーブラのTシャツがぷるんと揺れる。

「また喰いたいなあ、カツカレーとかさ」

「またカレーなの? かつ丼にしてあげるよ」

「すげえなあ。それ、どんな料理なの?」

 お料理天使が、キョトンとして俺を見た。

 無理もない。世間が知ってる当たり前を、俺は知らなさすぎる。

「じゃあね。冷えっから、戸締りしてさっさと寝なよ」

 ドアの隙間から、ジト目するキヨちゃんに念を押した。

「ちゃんと、戸締り、するんだぜ?」

 うん――とひと声して、扉が閉まる。

 ガチャリと静かに、キーが落ちた。

 俺の脳裏には、見たこともない彼氏さんへの、おぞましい予感がよぎっていた。


    §


 夜が深い。

 闇吹く風はまだ冷たい季節だが、美味い飯と柔肌でぬくんだ身体があれば、ねぐらまでの道中程度は、人の情けを感じていられる。

 がらんとした部屋で、俺は独りだ。

 電気代がもったいないし、帰り道で思いついたアイデアなんかも消えないうちに、俺はさっさと話の続きを仕上げることにした。

 んで、出来上がったのは――


    §


『マジカルガール・御堂沙織みどうさおりの日常』

 EP No.030 寧々ねねの危機、沙織さおりの危機


「寧々ちゃんっ、だいじょうぶ?!」

「わたしはへいき……沙織ちゃん、血がっ!?」

 制服のスカートの陰で、鮮血が滴っていた。

 腹部を押さえる手の隙間からも、血が滲んでいる。

「わたしのせいだ……わたしのこと、かばって……」

「いいの。寧々ちゃんが無事で良かった。それに――」

 寧々の体を公園遊具の傍らに隠して、沙織は立ち上がった。

「謝らなきゃいけないのは、あたしだよ……ずっと寧々ちゃんに、隠してたの」

「沙織ちゃん、なに言ってるの?」

 寧々の声が震えた。沙織もまた。

「……寧々ちゃん、ごめん。あたし行かなきゃ」

 今も街を破壊する遊星魔人ドドガドンの巨体を、沙織は見つめる。

「行くって……そんな……まさか……?!」

 寧々の目に映る幼馴染の横顔は、すでに戦士の面差しであった。

「魔装転身……!」

 沙織は呟く、決意を込めて。

 寧々の視線が、夕闇の頭上に描かれる光輪の出現に釘付けとなった。

 沙織が、叫んだ。

「チェーンジッ、マジカールッ……ゥワンッ!」

 沙織の詠唱に応えて、天に真紅の魔法陣がひらめいた。

 陣の中心から閃光が放たれる。沙織の身体が神秘の光で包まれた!

 転身、完了――沙織の姿は、マジカルガール1号・サオリーナに変じていた。

 ずっと隠し続けていた、寧々の、目の前で。

「寧々ちゃん……ずっとウソついてて、ごめんね」

 寂しく、幼馴染に笑いかけ――

 サオリーナはきりりと、巨大化した遊星魔人ドドガドンを見据えた。

「マジカルガール1号・サオリーナ――参るっ! マジカルウィィィィーングッ!」

 風が巻く。サオリーナの背に真紅の翼が広がる。

 地を蹴り、ひとつ大きく羽ばたいた。

 瞬時に天に舞い上がり、サオリーナは魔人の巨体目掛けてあま翔ける。

 星の守護少女は空を焦がす一筋の赤い光弾となって、巨大な悪に挑みかかった。


 公園に独り残された寧々は、街を破壊するドドガドンに攻めかかる三つの光をみつめて、呟いた。

「やっぱり……そうだったんだ――沙織ちゃん」

 驚愕。そして、羨望。

 寧々の瞳に宿るのは、沙織に向けた乙女の想いそのものだった。


    * * *


 まっしぐらにドドガドン目掛けて空を飛ぶサオリーナの視界に、青銀せいぎんの輝きと玉金ぎょくきんの閃きが迫った。

「わたくしの助けが必要でしょう?」と、青い衣の少女・ミントルルームがサオリーナに呼びかける。

 すらりと伸びる両腕には二振りの剣、<双刃艶美そうじんえんび>を構えていた。

「オレだっているぜ!」とミントルルームの向こうを張るのは、黄衣の女丈夫・ヒラリーキティだ。

 恵体が支えるその腕には、身の丈を越える巨大ハンマー<ドーンバスター>が握られていた。

「みんな! 来てくれたんだ……ありがとう。わたし……」

「話はあとだぜ、サオリーナ」

「そうです、まずは遊星魔人を!」

 三人の少女戦士を前にして、ドドガドンの巨体が吠えた。

「たかが小娘、三人揃ったところで、我が遊星超装甲の敵ではないわぁ!」

 魔人の叫びが、世界を揺るがす。

 大地はうねり、夕闇に浮かぶ雲がちぎれ飛んだ。

「自慢の装甲、試し切りして差し上げますっ」

 先陣を切って飛び込んだのは、ミントルルームだった。

 ドドガドンのまとう超装甲構造体の僅かな継ぎ目を精緻に見切った。

 ミントルルームのしなやかな体は神速の流星となり、流麗な足先からは雲を引く。

<双刃艶美>の切っ先が十字を描いて、僅かな隙間を切り裂いた。

「こしゃくなっ!」

「今です、ヒラリーキティ!」

「おっしゃああ!!」

 応えて叫ぶや、ヒラリーキティの恵体が、肉弾となって十字キズに飛び込んだ。

「砕けやがれぇええええ!」

 普段のおしとやかな円丈平莉えんじょうひらりからは想像を絶する雄叫びを発して、<ドーンバスター>の重厚な一撃が、魔人の装甲を粉々に砕いた!

 遊星魔人の急所、闇の魔核が剥き出しにされる。

「今です、サオリーナ!」

「トップは譲るぜ! やっちまいなっ!!」

 仲間二人の声が、サオリーナの背中を押す。

「うんっ!」

 サオリーナの炎の力を頂点に、三人の力がひとつになる!

 拳に備えたサオリーナ必殺の武器、ナックルダスターの<オリハルコン・ギア>を握り締め、一気に突き出し、撃滅の叫びを放った。

「三姫一体っ! アーマーピアシィィィーングッ・シェイカーァァァァッ!!」

 白刃の光と化したサオリーナの一撃が、闇の魔核を貫いた!

 無敵の硬度を誇ったドドガドンの巨体が、胸の内側から干割れた。

 亀裂は次第に全身に及び、闇の欠片へと砕けて、散り始めた。

「ぐあああああっ! これで、これで終わりではないぞ! 我ら十三番惑星『遊星魔団』の悲願は必ずや――」

 断末魔の叫びをあげ、ドドガドンは闇に還り、沈む夕日と共に消え去った。


「ふぅ……なんとかなったな」

「やっぱりわたくしたち、三人揃わないと」

平莉ひらりちゃん、縷々羽るるはちゃん……仲直り、してくれる?」

 おずおずと言うサオリーナに、仲間ふたりは笑顔で答える。

「当たり前でしょ」「喧嘩するほど仲がいいって言うぜ?」

 沙織の流す涙は、温かだ。

 明日、学校でね――と言葉を交わし、三人の姿は霞となって消えていった。

 ひとときの平和が、街に戻る。

 そして三人のマジカルガールたちもまた、平凡な女子中学生に戻るのだった。


    * * *


 翌日の放課後、使われなくなって久しい旧校舎の教室の一つに、沙織は寧々を呼び出した。仲直りと、謝罪。そして――秘密の共有のために。

 隠れて付き合う恋人同士が逢引きによく使う――そんな噂のヒミツの部屋。

 だが、先に話を切り出したのは、寧々だった。

「怪我、痛くない?」

「へっちゃらだよ。こんなのいつもだし。それよか、寧々ちゃんが無事でよかった」

 沙織の太腿に巻かれた包帯には、ほんのりと赤い陰りが滲んでいた。

「そっか、そうなんだ……やっぱり沙織ちゃんが、サオリーナだったんだね」

「知ってたの?」

「ううん……でも、なんとなく」

「ごめん。ウソついて、ほんとにごめんね……」

「いいの。ちゃんと秘密は、守るから……でも、そのかわり……」

 寧々の顔が、すっと沙織の口元に迫った。

 あえかな少女の二つの唇が、重なった。

 甘く、切なく、ときが流れる――

 蕩けるような寧々の瞳に囚われて、沙織はただ、寧々の言葉を、待った。

「ごめんね、沙織ちゃん。わたしにも秘密、あったんだ…………好き」

 寧々の左手が沙織の右手を捉えた。そっと持ち上げ、寧々の左胸に添えられる。

 寧々の右手は、沙織の左胸に触れていた。

 同じ早鐘の鼓動を、ふたつの心臓が打ち鳴らす。

 音叉のように響きあい、溶け合って――ふたりは二度目の口づけを交わした。

「寧々ちゃん……あの……」

「わたしの秘密。ずっと隠してたの。ごめんね、こんなのズルいよね……」

「そんなこと、ないよ――」

 少女の身体が、重なった。

 甘やかな吐息を交わしながら、静かに、熱く、闇にも溶けた。


    <EP No.030 了>


    §


 書ぁーけた……と。推敲もOK。誤字脱字も、無いかな。

 ついうっかり、また書き過ぎた気もするが……まあ、いいか。

 んじゃ、[エピソードを公開]っと。

 ……おや? 投稿してから、はたと気づいた。

 女子中学生同士が百合シちゃうのって、マズかったか?

 投稿サイトの規約が気になり、ちょいとばかり首筋が冷たくなった。

 まあ……いいか。

 別にくんずほぐれつ、微に入り細に入り、がっつり行為を書いてるわけじゃあない。書いてもどうせ、朝チュンだ。

 それとも〝登場人物はすべて十八歳以上です〟なんて健全アピールをしとかないと、やっぱダメなのかねえ。

 つってもなあ……高校とか大学生活てのが、よく分からねえし。

 どういうことしてんのか、さっぱりだ。ましてや女子なんて。

 中卒止まりの人生から範囲を引いて、主人公たちを中学生女子にしたんだ。

 それに、たとえ中坊同士が目合まぐわっても、別に構わないと思うけど。

 創作だぜ? 事実は小説より奇なり、だ。

 俺の筆おろしも、入学したての中一んときだったしよ。

 お相手は自称二十歳はたち、堀之内の泡姫さんで……て、その話はいい。

 あらためて、規約の確認をしようとしたら――そこでバッテリーが、切れた。

 仕方ない。俺もそろそろ電池切れ――寝落ちだね……。


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