また、あの夢や。
暗い森の中、幼い妹・小春の手を引いて逃げてる。何から?背後から迫るのは姿の見えない「何か」。そして小春の手が、ふっと離れる。振り向くと妹は音もなく闇に消えて——。
「はあっ、はあっ……!」
窓の外は茜色の夕闇。いつの間にか眠ってたらしい。ここは恩師・高杉教授が最後の連絡をよこした山岳地帯のはず。
「教授……ほんまに何してはるんやろ」
携帯の画面を見る。最後のメール。『
キーを捻る。エンジンは虚しいクランキング音を数回繰り返して沈黙した。
「あかん、エンストや」
スマホは当然圏外。文明の利器なんて、こんな山奥じゃ役立たずの重りでしかあらへん。
ドンッ!
突然、フロントガラスに何かがぶつかった。黒い影が車の前を矢のように横切る。
「今の……何やった?」
鹿にしては動きが異様や。まるで訓練された猟犬みたいな、それでいて人間離れした俊敏さ。嫌な汗がじわりと噴き出す。背中の汗が、なぜか小学校の保健室の匂いを思い出させる。
「この世に科学で説明できへんことなんて、絶対にあらへん」
自分に言い聞かせた。小春の時だって、そうやったはず。神隠しなんて非科学的な迷信や。教授の失踪にも必ず合理的な理由があるはず。
重いリュックを背負い直し、深冬は霧深い森へ震える一歩を踏み出した。霧が、まるで深冬を拒むように行く手を閉ざしてる。足元の落ち葉が、踏むたびに湿った音を立てる。その音が、なぜか病院の廊下を歩く音に似てて、胸がざわつく。